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The WeekndのTikTokバーチャルライブ「The Weeknd Experience」は何がすごかったのか? という話

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今週末は米津玄師の『フォートナイト』バーチャルライブが行われ、日本ではそちらに話題が集まりましたが、日本では8/8の午前中に行われたThe WeekndのTikTokバーチャルライブ「The Weeknd Experience」もバーチャルライブの新たな可能性を示す非常に興味深い内容になっていました。

 

TikTok初のXRライブイベントとして行われた「The Weeknd Experience」

「The Weeknd Experience」は、TikTokがThe Weeknd周りのXO、Republic Recordsといったレコードレーベルと、バーチャルライブ・スタートアップ企業「Wave」とタッグを組んで企画したTikTok初のXRライブイベント。

The Weekndが今年3月にリリースしたアルバム『After Hours』をフィーチャーしたバーチャルライブでは、The Weekndがアバター化して仮想のステージに登場。3Dレンダリングとピクチャー・イン・ピクチャー・カメラを駆使して作られた仮想のライブ空間に、視聴者がTikTokを通じて参加することでイマーシヴな体験が提供されるという内容でした。

『After Hours』収録曲のほか、未発表新曲や『ブラックパンサー』関連曲も

ライブ自体は約15分ほどで披露されたのは、Kendrick Lamarとのコラボ曲で映画『ブラックパンサー』のインスパイアードアルバムにも収録された「Pray For Me」、未発表の新曲、そして投稿者がエアロビを踊る動画を投稿する"#BlindingLightsChallenge”で人気を博した『After Hours』収録曲「Blinding Lights」、Doja Catを迎えた「In Your Eyes」のリミックス、「Save Your Tears」の5曲。

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視聴者がライブに参加することがライブ演出に影響を与える

ライブ演出では、ライブ中に登場するカエルにThe Weekndが口づけするか否かやビジュアルエフェクトを炎か火花のどちらにするかの視聴者投票が行われたほか、視聴者のコメントが花火やThe Weekndを吹き飛ばすというライブ空間の演出に反映されるなど、視聴者はただライブを視聴するだけでなく、先述のような仕掛けに参加することで、自身がライブの演出の一部になるというインタラクティヴかつ、ライブに没入できる内容になっていたことは非常に印象的でした。

コメント投稿による視聴者の参加は、これまでのライブ配信文化ではすでに確立されていますが、このコメントをライブの演出に組み込むという仕組みは、ライブ配信のコメント文化を進化させる革新的な試みのように感じました。こういった視聴者の参加によって、バーチャル世界で行われるライブが、よりインタラクティヴなものになるだけでなく、コメントが演出に反映されるからこそ、”参加しなければ!”という意識が高まることでライブから目が離せなくなる、つまり仮想空間のライブに没入できるイマーシヴなユーザー・エクスペリエンスの設計は見事の一言です。

 

バーチャルライブの再現性も進化

またこの視聴者参加型という点は、バーチャルライブならではの再現性の面にも新たな可能性を示したと感じてました。

「The Weeknd Experience」は、ほかのバーチャルライブ同様、複数回アンコール公演が設けられていますが、視聴者がライブ演出に参加する性質上、人が変われば演出も変わります。例えば、私が視聴した回では、”カエルにThe Weekndが口づけするか否か”という視聴者投票の結果は、Yesが採用されましたが、投票結果がNoになる場合も考えられます。

つまり、視聴者の選択が演出に影響を与えるという仕組みが、再現可能なバーチャルライブに別の展開を生み出す機能が与えられることで、リアルライブ同様の一期一会の”ライブ感”を演出します。そして、別の展開があるからこそ、すでに視聴したライブであってもまた見たいという心情が生まれる。そのことは、バーチャルライブの再現性というストロングポイントを最大限に活かすことにつながっていると感じました。

その意味で「The Weeknd Experience」の視聴者参加型の仕組みは、今年4月に行われたTravis Scottによる「Astronomical」以降、急速に普及したXRなバーチャルライブ文化をさらに加速させる新たなターニングポイントになったのではないでしょうか?

 

”アフロ・フューチャリズム”も「The Weeknd Experience」の重要な要素?

加えて、このようなエンターテック面での新たな試みが行われた「The Weeknd Experience」においては、テクノロジーと関連する意味で”アフロ・フューチャリズム”もキーワードのひとつになっていると感じました。

”アフロ・フューチャリズム”は、近年では映画『ブラック・パンサー』の世界観を語る上でよく引き合いに出されてきましたが、音楽シーンではSun Raが代表的なアーティストとされ、それ以降もPファンク、Earth,Wind & Fire、デトロイトテクノなど多くのブラックミュージック作品に影響を与えた、ブラックカルチャーにおける未来的かつ宇宙的な概念/思想です。

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今回の「The Weeknd Experience」では、現実では不可能な近未来や宇宙を思わせる表現が行われましたが、それは単に”バーチャルライブならでは”というだけでなく、少なからず”アフロ・フューチャリズム”の影響があるように思います。というのも、今回のバーチャルライブが、人種平等を支援する団体「Equal Justice Initiative」への寄付も募られた、Black Lives Matterとも連帯したものであったからです(視聴者からの寄付とグッズ販売収益を寄付)。

 ”アフロ・フューチャリズム”は、黒人の”離散”の歴史が原点にあり、その歴史からアメリカ黒人たちが様々な苦境に立たされる現実に対して、自分たちの”ユートピア”のビジョンを広大な宇宙に求め、未来や変革への想いを表現したものといわれています。また最先端のテクノロジーはもちろんのこと、アフリカ系民族の歴史や伝承もそこには含まれており、概念を表すものとして近未来や宇宙のイメージが用いられてきました。

現在は、様々な構造的な黒人差別を撤廃していく動きとそこに連帯する流れがこれまで以上に広がりを見せており、黒人たちにとってユートピアといえる"人種を理由に不当に差別や搾取されない社会”は、今年のBlack Lives Matterを契機に実現に向けてこれまで以上に前進しつつある状況です。

そのことを考えると、『ブラックパンサー』関連の「Pray For Me」から始まる「The Weeknd Experience」で用いられた近未来や宇宙のイメージは、単にエンターテック的な”現実では再現できない世界観”だけでなく、”アフロ・フューチャリズム”的表現としても捉えることができ、The Weekndによる”ユートビアをここから実現する”という黒人社会をエンパワメントするメッセージが含まれているように思いました。

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このように体験のあり方と再現性、そしてメッセージ性の面で新たな可能性が示された「The Weeknd Experience」は、バーチャルライブにおけるターニングポイントのひとつになったといえるのではないでしょうか? 以上、お後がよろしいようで。

追記:日本時間8/9の19:20より配信されたアンコール公演を視聴したところ、おそらく初回の録画だった模様。せっかくの視聴者参加型だっただけに残念...。やはり言語の問題なのでしょうか? それとも単純に"再放送"という位置付けだからか...。他のアンコール公演はどうだったのだろうか気になります。

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Top Image via TikTok

Reference:
https://jp.ign.com/black-panther/22362/feature/