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イギリス議会の特別委員会が現行のストリーミングによるロイヤリティ分配モデルのリセットを主張。ミュージシャンの経済的な問題解決に向けて出された提言とは?

「音楽大国」イギリスにおける文化政策の新たな動き

60年代に流行した「スウィンギング・シックスティーズ」というカルチャーの中からThe Beatlesを輩出して以降、イギリスは各年代において、世界の音楽カルチャーを牽引してきました。

70年代にはパンク、グラムロック、ハードロック、80年代にはニュー・ウェイヴ、ポストパンク、90年代にはセカンド・サマー・オブ・ラブなどレイヴ、シューゲイザー、ブリットポップ、ビッグビート、00年代にはポストパンク・リバイバル、ニューレイヴ、グライム、ダブステップ、10年代にはグライム・リバイバルなど、これ以外にも数々の音楽ジャンルがイギリスから世界中に飛び火し、時代ごとに大きなムーブメントになり、同国の音楽シーンを盛り上げてきました。

そんな音楽大国である同国で今年7月15日にイギリス下院デジタル・文化・メディア・スポーツ特別委員会(Digital, Culture, Media and Sport Committee:DCMS特別委員会)が「ストリーミングが音楽業界に与える経済的な問題」に関して、政府に提出する問題解決のための5つの提言を盛り込んだ報告書を公開しました。

報告書の元になった調査は昨年10月からDCMS特別委員会によって行われていたもので、今回の報告書に盛り込まれた5つの提言は次のとおりです。

1. 報酬請求権の追加
政府は実演家がストリーミングから公平な報酬を得るために、報酬請求権を著作権法の改正により追加すべき

2. 作詞家と作曲家の収入の平準化
政府は独立系音楽パブリッシャーと協力して、新人作詞家・作曲家が持続的にキャリアを築けるよう支援し、独立系音楽パブリッシャーが商業的に存続できる方法を模索すべき

3. 音楽業界のマーケットパワーに関する研究
政府はメジャーレーベルが音楽市場をどれだけ経済的に支配しているか市場調査し、その実施のための予算と人員を提供するべき

4. 公正で透明性のあるアルゴリズムとプレイリストの作成
政府はストリーミングサービスのプレイリスト作成のためにキュレーターが報酬を得たり、現物で利益を得たりする場合には、その決定が透明かつ、倫理的であることを保証するために、SNSのインフルエンサーと同様に広告基準局が策定した行動規範に従うことを推奨すべき

5. セーフハーバー(諸規制や税法などにおいて、その規定を順守していれば違法にはならない範囲)への懸念に対する対応
政府は、YouTubeなどのUGC(ユーザー生成コンテンツ)ホスティングサービスのライセンス契約を正常化するための法的強制力のある義務を導入すべき

DCMS特別委員会の委員長であるJulian Knight下院議員(英国では正しくは庶民院議員)は、ストリーミングがレコード音楽業界に多大な利益をもたらしている一方で、実演家、作詞家、作曲家などが損失を被っており、現状のストリーミングの支払い体制を1度完全にリセットして、ロイヤリティの公正な分配に対する彼らの権利を法律で規定することが必要だと主張しています。


 

この主張は、DCMS特別委員会の調査により明らかになったアーティストとソングライターがストリーミングから得るロイヤリティが非常に低いことを受けたもので、報告書では問題の解決策として、イギリス政府に対し、アーティストがストリーミングから公平な報酬を得るために、報酬請求権を著作権法の改正により追加するように求めています。

コロナ禍をきっかけとした議論の盛り上がり

イギリスにおけるストリーミング収益の公平な報酬支払いに関する議論は、昨年のコロナ禍をきっかけに盛んになりました。その是正を訴えたキャンペーンには「#KeepMusicAlive」「#BrokenRecord」「#FixStreaming」といったものがあります。

これらのキャンペーンは、それぞれ関連するものでありながら内容は少しずつ異なります。しかし、共通して求められているのは、ストリーミングサービスやレコードレーベルによって支払われるストリーミングの収益の改善と、政府によるそのための規制です。この訴えが今回の調査報告書の背景にあります。

報告書では、ミュージシャンやソングライターが現在のストリーミングによるロイヤリティ支払いモデルから「哀れなほど低い収入」しか得られていないことが主張されています(※)。また、これまで世界の音楽シーンをリードしてきたイギリスの音楽シーンが「10年以内に」変貌してしまうことを防ぐことためには、アーティストに正当な報酬を与える必要があり、そのためにはいくつかの根本的かつ抜本的な変更が必要であると結論づけられています。

また、報告書ではYouTubeが名指しで批判されています。YouTubeが支払うアーティストの1再生あたりのロイヤリティは、約0.05ペンス(0.00052ポンド)であるため、他のストリーミングサービスと比較しても大きく下回っています。また調査によると、YouTubeは年間の音楽ストリーミングの51%を占めているにも関わらず、収益の7%しかアーティストに還元していないことが指摘されています。

さらに、YouTubeのプラットフォーム上で著作権を侵害しているUGC(ユーザー生成コンテンツ)に対する責任を免除するセーフハーバーが、同プラットフォームに不当な優位性を与えているとの報告が行われています。そのためCMA(イギリスの競争・市場庁)は、YouTubeのストリーミングの「優位性」を調査し、「競争を促すための措置を講じる」よう勧告しており、EUの著作権指令に似たセーフハーバーに関する新たな法律の制定を求めています。

※ BBCによると、Spotifyがアーティストに支払う1再生あたりのロイヤリティは0.002ポンドから0.0038ポンド、Apple Musicが約0.0059ポンドとなるため、10万回のストリーミングにつき、アーティストは平均して約300ポンド(約45,600円)しか得られないことが指摘されています。ただし、ストリーミングのロイヤリティが一般的に低いと見られているのは、1再生あたりで得られるロイヤリティがわずかであることが、先述のようにアーティストらによって報告されていることも理由のひとつであることは頭に入れておく必要があります。ストリーミングのロイヤリティはアーティストの契約状況によって異なるため、全てのアーティストが同じように低いロイヤリティしか得られないとは限りません。

レーベルに対する懸念も

今回の報告書では、現在、イギリスのレコード会社はストリーミングから7億3650万ポンドの収益を得ているものの、アーティストにはそのうちの16%しか支払われていないということも報告されています。そのため、ストリーミングサービス同様に市場を支配するワーナー、ソニー、ユニバーサルを含む3大メジャーレーベルのビジネスのあり方に、問題意識が向けられています。

報告書は、ストリーミングによる収益の55%を音源の権利者(メジャー・インディレーベルやその契約アーティスト、ディストリビューターを使うインディーズアーティストなど)が受け取っている一方で、出版・作詞・作曲の権利者側であるパブリッシャ―、ソングライターが受け取る収益が15%にすぎないため、収益獲得の割合が音源権利者側に偏りすぎていることも指摘しています。

また、報告書では、プレイリストにメジャーの楽曲が多く取り上げられるのは、メジャーが強い交渉力を背景とした直接交渉を通じてプレイリストのアクセスにおいて有利な立場を得ているからであり、インディペンデントレーベル・アーティストが影響を被っているのではないか、との研究者の主張が紹介されています。

The Guardianによると、元SpotifyのチーフエコノミストであるWill Pageは、2015年から2019年にかけて、大手メジャーレーベルがストリーミングサービスの登場により、収益を21%増加させたことを示唆する証拠を提出しています。しかしWill Pageによると、ストリーミングによってレコード音楽ビジネスの規模が大きくなり、レコード会社にとってもストリーミングが収益性の高いものになった一方で、アーティストはそれに比例した利益を得ていないとのことです。

この点について報告書は、レコードレーベルとアーティストが締結してきた旧来の契約におけるロイヤリティレートとともに、制作にかかるコストの負担に対するアーティストの問題意識を紹介しています。

先述の「#BrokenRecord」で主導的立場をとったミュージシャンのTom Grayは「ストリーミングに移行したことでレーベルの制作・流通コストは以前よりも低くなっているにも関わらず、メジャーレーベルはこの変化を反映した契約条件に移行しない」と訴えています。

報告書は、レーベルによるアーティストへの前払い金が未回収のままになっていることによるアーティストの負債が、ロイヤリティの支払いに与える影響にも着目しています。メジャー3社のうち、ソニーは他の2社に先駆け、今年6月に2000年以前に契約したアーティストの未回収の負債分を収入分配から差し引かないことを発表しました。この措置は、要件に合致するアーティストについて、既存の契約条件は変更しないものの、今後、レーベルに対する負債を抱えることを理由に、ストリーミングによるロイヤリティが手許に入ってこない、ということがないようにするためのものです。これを受けて、DCMS特別委員会は他の2社にも、この措置を追従するよう求めています。

このような実情を踏まえ、報告書では大手3社が「市場支配力」を持っていると判断した場合、これを調査するためにCMAに照会することも提言されています(ただし実際には過去5年間において、イギリスのインディレーベルのストリーミング市場のシェアは拡大しているとのことです)。

イギリス政府の対応、そして世界の音楽市場への影響は

報告書では、他にも“レコードレーベルから一定期間後に作品の権利を回収することができるアーティストの権利”や、“アーティストの作品がレーベルが先払いした報酬以上の成功を収めた場合に契約条件を再交渉する権利”を設けることが提言されています。

今回の調査結果から、Julian Knight下院議員は、「ストリーミングが音楽業界に多大な利益をもたらしている一方で、その背後にいる才能豊かな演奏家、作詞家、作曲家が損失を被っています。ストリーミングのシステムを完全にリセットして、収益の公正な分配に対する彼らの権利を法律に明記する必要がある」と述べています。

また、Tom Grayは「報告書は、音楽業界が深刻な問題を抱えているということを見事なまでに首尾一貫して伝え切っています。ストリーミングにより業界の利益は急上昇し、利益率はかつてないほど向上したことで、かつて海賊盤に苦しめられた業界の価値は、10年以内に私たちの生涯で経験したことがないほどになると予測されていますが、演奏家や作曲家は大きく取り残されています」と述べています。

「#FixStreaming」キャンペーンを展開しているMusicians’ Union(音楽家ユニオン)のゼネラル・セクレタリーであるHorace Trubridgeは、報告書を「革命的」と称讃し、Ivors Academy(作曲家の業界団体)のチェアマンであるCrispin Huntも「ミュージシャンと音楽制作者にとって素晴らしい日」と述べており、その内容を肯定的に捉えています。

一方で、音楽業界からはこの報告書の内容に反発する声も上がっています。

インディペンデントレーベル業界団体「Association of Independent Music」CEOのPaul Pacificoは、報告書の内容の一部については歓迎するものの、報酬請求権について“21世紀のデジタル市場に適合しない20世紀型の解決策”であり、次世代のアーティストをより不利な立場に置くことになると反発しています。

メジャー各社はこの記事を執筆している時点ではまだコメントを出していませんが、英国レコード産業協会(BPI ; British Phonographic Industry)の最高責任者のGeoff Taylorは、「レーベルはストリーミングによるキャリアの成長をアーティストが公平に享受できるよう努めていることから、報告書の結果を慎重に検討するが、どのような政策提案も新しい才能への投資に対する意図しない結果を避け、音楽におけるこの国の世界的成功を損なわないようにすることが重要です」とコメントしています。

イギリス政府は今後、DCMS特別委員会からの提言について、議論を重ねることになります。

デジタル・文化・メディア・スポーツ省のCaroline Dinenage大臣には委員会に出席した際、音楽業界内部での解決策を支持しているようなスタンスも見られたといいますが、報告書は市場改革を強く主張しているため、もし政府が何の措置もとらないことを選択した場合、大きな反発を招く恐れがあります。

イギリス政府が対応を検討する今後数ヶ月の間に、クリエイター側と権利者側の双方から積極的なロビー活動が行われることが予想されます。どちらの言い分が通った場合も、イギリスの音楽業界には大きな変化が訪れることが確実視されており、その結果が世界の音楽市場のあり方に大きな影響を与える可能性があります。

次回のコラムでは、イギリスでこのような議論が起こる背景に迫ります。

執筆:Jun Fukunaga

【参考サイト】
https://houseofcommons.shorthandstories.com/music-streaming-must-modernise-DCMS-report/
https://variety.com/2021/music/news/uk-government-streaming-report-labels-artists-1235020210/
https://www.musically.jp/news-articles/2020/dcms-rodgers
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-57445303
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-57838473
https://djmag.com/news/streaming-model-needs-total-reset-and-musicians-receive-pitiful-returns-uk-govt-report-concludes
https://www.theguardian.com/music/2021/jul/15/mps-call-for-complete-reset-of-music-streaming-to-protect-artists
https://www.musicbusinessworldwide.com/in-historic-move-sony-music-announces-its-disregarding-unrecouped-balances-for-heritage-catalog-artists/
https://www.newstatesman.com/culture/music-theatre/2021/02/broken-record-music-streaming-spotify-tom-gray
https://publications.parliament.uk/pa/cm5802/cmselect/cmcumeds/50/5005.htm#footnote-577

*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2021.07.26)