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Kamuiインタビュー クラウドファンディング成功率300%超えのアルバム『YC2.5』とヒップホップカルチャーのゆくえを語る

今年6月に自身のイベント&ワンマンライブを2夜連続で渋谷WWWにて開催し大成功を納めたヒップホップアーティストのKamuiが、8月4日に昨年リリースされたアルバム『YC2』のデラックスver.となる『YC2.5』をリリースした。

その制作費と先述のワンマンライブのために行ったクラウドファンディング(Kamui DXアルバム 『YC2.5』制作&初ワンマンライブ開催プロジェクト – CAMPFIRE)では、初日で目標額を達成。最終的には300%超えの金額が集まったことでも大きな話題になったことは記憶に新しいところだが、『YC2.5』では、自身のオルターエゴであるボーカロイドキャラクター・suimeeとしても参加するなど、他のヒップホップシーンで活躍するアーティストには見られない独自の取り組みにも注目が集まっている。

今回はそんなKamuiに『YC2.5』で提示しようと試みた世界観やクラウドファンディング、テクノロジーとの距離感などについて話を聞いた。


 

クラウドファンディング成功の秘訣は「自分の言葉で」

ーー『YC2.5』制作とワンマンライブを行うにあたり、クラウドファンディングを利用されましたが、この発想は何がきっかけで生まれたことなのでしょうか?

正直なところ、特に何か明確な理由があってやってみたというわけではなく、どちらかといえば、フッと頭によぎったからというか、思いつきで始めた感じです。

ただ、そうは言っても「資金が集まらなかったらどうしよう?」みたいな不安もあったり、思いついてから半年くらいは、自分の中でそのアイデアが浮かんでは揉み消すという作業をしていました。でも、クラウドファンディングをやることで自分が変われるかもしれないという希望もあったから、やってみたい気持ち自体はやっぱりすごくあって。

それで共演経験のあるTHE ORAL CIGARETTESの(山中)拓也に一度相談してみたところ、「クラウドファンディングって“賭け”とかじゃなくて、自分が必要な時にその都度やるものだから」と言われたことにすごく背中を押された感じはありますね。

THE ORAL CIGARETTES「ENEMY feat.Kamui」(Prod.JOGO) ミュージックビデオ

それと“メイク・マネー”はヒップホップ・カルチャーのひとつですが、基本的には音楽やドラッグだったり、いわゆるヒップホップの中で認められた方法は認められないというか、それ以外はダサいと捉えられてしまいます。特にクラウドファンディングは「ファンから金を巻き上げてんじゃん」みたいなイメージもあるし、それを自分がやることに対する不安はありましたね。

でも、インスタライブでクラウドファンディングをやろうと思っていることをファンに相談した時に、「俺だったから3万払うぜ」みたいに言ってくれる人がいたり、自分が思っていた以上にファンは肯定的に捉えてもらえたことがクラウドファンディングをやる最大の決め手になりました。

ーー今回は準備も含めて全てKamuiさんだけで実施されたのでしょうか?

そうですね。さっきも言ったようにクラウドファンディング自体は思いつきで始めましたが、やることを決めてからはすごくクラウドファンディングについてリサーチしました。それで誰かの成功体験話の中に、「クラウドファンディングは絶対に事前告知が有効」とあったので、自分もまずはインスタライブで「俺にとって一番重大な発表がある」と告知することから初めて、そこで興味を持ってくれたファンが一番集まったタイミングでクラウドファンディングをやることと、それに対する自分の気持ちを伝えるということをやりました。

ーーちなみにKamuiさんの周りにはそれまでにクラウドファンディングをやっていた人はいたのでしょうか?

自分の周りにはいませんでしたが、リサーチするとラッパーだとMoment JoonやKMCがやっていることがわかったので、彼らがやっていたことだったり、どれだけの成果が出ていたのかなどは、めっちゃ分析しましたね。あとCAMPFIREには、今までの人たちのアーカイブが残っているから、アイドルだったり、ヒップホップ以外の音楽でクラウドファンディングをしている人のものも片っ端から見て勉強して、参考にしましたね。

ーーこれまでのクラウドファンディングの事例を参考にしたとのことですが、Kamuiさんの独自性を出す上ではどんなところにこだわりましたか?

クラウドファンディングの文言を全部自分の言葉で書くことですね。例えば、「〇〇というアーティストが今回、〇〇という理由でクラウドファンディングを始めます」みたいな文言をよく見かけますが、それは本人じゃなく、マネージャーやスタッフが書いていることがほとんどなんですよ。だから、そういう文言は絶対に自分らしい言葉で書いて訴えた方が自分のノリが伝わるし、効果的だろうなと思いました。

ーーKamuiさん自身の言葉にした方がファンに伝わりやすいという実感はありましたか?

ありますね。ただ今回は、自分の想いだけでなく信頼してる人たちからのコメントも一緒に掲載するという戦術をとりました。でも、これが結果的にすごく重要だったように思います。それに関しては、オカモトレイジや荘子itとかに本当に何か一言でもいいからいただけませんかみたいな感じでお願いしてコメントをもらったんですけど、みんな「全然書くよ」って言ってくれたし、クリエイターとして影響力を持っている人たちから「Kamuiってこういう奴だから応援しているよ」というコメントをいただけたことは、客観性という意味でも本当に大きかったと思います。

それとクラウドファンディングでは、ただ単に文章を書くのではなく、画像も織り交ぜながらやることが大事なんですよね。とはいえ、他人にお願いする時間はなかったし、自分が少しPhotoShopを使えることもあって、そういう画像に関しても全部自分でやりました。

資金の使用用途についても丁寧に自身で執筆。熱い思いが伝わる!

ーークラウドファンディングではリターンも重要になってくると思いますが、それに関してはどんなことを考えながら、設定されたのでしょうか?

例えば、普段ファンは3000円くらいするCDを買ってくれるから、それくらいの金額であれば、出してくれる人は実際に結構いるんですよ。でも、中にはその3000円ですら高いと思う人もやっぱりいる。だから、今回は本当に資金として必要な額を揃えたかったこともあって、それよりも低い金額で500円からスタートすることで、「お金はないけど応援してます」みたいな感じの人でも支援しやすくするきっかけを作りたいと考えました。

それとクラウドファンディングサイトのシステムとしては、そういう安い金額のリターンでも支援してくれれば、サイト上に支援者の1人としてカウントされるわけですが、それがかなりデカくて。もちろん金額も大事なんですけど、支援したいと思っている人は何人が支援してるのかっていうところの熱量を見るから、少数の人が大きい金額の支援をしているものよりも、少額でも多くの支援者がいるものの方が盛り上がっているように感じるんですよ。だから、支援者数をカウントするためには500円スタートで全然いいんだと思いましたね。

あとは「俺、金あるからKamuiのためなら全然支援するぜ!」というファンのために、例えば30万円分の価値があるものとして、俺の自宅に招待するというリターンも用意しました。これに関しては最初は、「絶対そんなコースに参加する人いないよ」って言われていたんですけど、実際に支援してくれた人が1人いたんで「だから言ったじゃん!」という感じです(笑)。

500円~300,000円まで、幅広いリターンを用意した

ーークラウドファンディングのページには「“世界観”を重視するラッパーにとってライブは自分を知ってもらい、広めるもっとも重要な“交流”」という一文がありましたが、生のライブと配信ライブではそのあたりの熱量の伝わり方はやっぱり体感として違うと思いますか?

個人的に配信ライブは、自分がお茶の間でテレビ見てる感覚に近いと思います。例えば、テレビに出ている有名な芸能人は、テレビではほぼ毎週見るし、YouTubeでも見かけるけど、生で会えるかと言えばそうじゃないじゃないですか。だからこそ、もし生で出会ったとしたら、本当に神々しく見えるだろうし、もしその芸能人のことが好きだったらなおさらそうだと思うんですよ。

そういった意味で、俺もインスタライブはよくやっていますけど、それを普段から見てくれている人はおそらく本当に生で俺と出会えた時に特別な体験をしてくれるのかなって思うことがあって。だから、コロナ禍で配信ライブがすごく流行りましたけど、結局配信は配信でしかないというか。やっぱり圧倒的体験というのは、リアルの世界で自分の肉眼で見た時に生まれるものだと思うので、それを目の前で体験してもらいたいからリアルライブを開催したいと思いました。

渋谷WWWでのワンマンライブにて、「BAD Feeling feat.荘子it」ライブパフォーマンス

「KamuiってなんでSFみたいなことやってんの?」

ーー今作を聴いていても“ブラスター”や“AKIRA”がリリックのトピックになっていたり、Kamuiさんが近未来SFが好きな感じが伝わってきます。元々そういった世界観をコンセプトにしていくという意図があったということでしょうか?

それはありましたね。たまに今作に関しても「なんでそんなSFみたいなことやってんの?」って言われるんですけど、そういうコンセプトの作品は2016年の『Yandel City』で一度やっているし、別に今作に限ったことではないんですよ。だからそういう意味で今作は原点回帰であって、本当に“『Yandel City』の続編”という位置付けの作品になっています。

『YC2.5』収録曲「Tesla X」ミュージックビデオ。リリックには「Yandel City 這い上がりな」という一節が

元々、そういった近未来SFのディストピア的世界観で自分の言葉を紡いでいくのが俺のラッパーとしての出発点なんですけど、正直、俺のリリックってドギツイんですよ。だから、それにSF要素を絡めてある種のエンタメとしての抽象度を上げるというか、そうすれば客観性も帯びるだろうということで作ったのが『Yandel City』なんです。

例えば、初期衝動で自分がまくしたてるような作品って、客観的に見ると「なんだこいつ?」みたいな感じになるじゃないですか。俺の場合もそれは同じで「キャリアもないくせに何をイキってるんだ?」みたいな尖った部分を和らげるという目的でSFを絡めたというのはありますね。

ーーでは、近未来SFとヒップホップの影響が合わさって、Kamuiさん独自の世界観が出来上がったということでしょうか?

そうですね。ただ『Yandel City』の世界観は、リリースした当時は早すぎたというか、全く聴いてもらえなかったので正直、絶望しました.。特にこのリリースは音源だけでなく、リリースパーティで配布する用に自分で50ページもあるアルバムの解説的シナリオ集も作んったんですが、それも「誰も読んでねーだろ!」というくらい全く話題にならなかったですね。でも、後で振り返ってみると、その頃の俺のラップはすごく抽象的だったし、やっぱり伝わりにくいものだったと思います。

そういうこともあって、よりラッパーとして、ストリートに根ざした活動をしようと思ってリリースしたアルバムが『Cramfree.90』です。この作品では本当に自分の人生そのものを描きましたし、その次の『I am Special』では、より実験的なことをやろうということで、オートチューンを初めて取り入れたり、トラップを前面に打ち出したりしました。

それを経て、次に何をするかを考えた時に頭に浮かんだのが原点回帰というか、キャリアをある程度詰んだ今だったらいけるだろうということでリリースしたのが『YC2』だったんです。

『Cramfree.90』収録曲「Soredake feat.QN & Jin Dogg」ミュージックビデオ

ーー2016年から数年を経た今、かつて世間から早すぎるとされたコンセプトの作品が受け入れられる体制は整ったと思いますか?

自分的にはやっぱり、このコンセプトは初期衝動すぎて、ちょっと恥ずかしいなって思うところもあるんですけど、人によっては「これがKamuiの原点か」みたいな感じで好意的に受け入れてくれる人が増えたように思います。あと、それこそ海外ウケがすごく良いことに気が付きましたね。ただ、そもそも『Yandel City』は、日本で全くウケなかった反面、海外のレビューサイトではやたら評価が高く、ものすごい熱量でレビューしてくれる人がいるんですよ。

その時に海外の評価軸は新しいサウンドをやっていたら正解というか、やっぱり日本とは全く違うんだなと実感しました。でも、日本はそういう新しいものを評価するという風潮はまだほとんどないですね。だから、多くの日本のラッパーはいかにUSラップやUKドリルといった海外のヒップホップのトレンドを日本語で取り入れるかという戦いをせざるを得ないというか……。もちろん、その面白さはありますけど、俺としては、自分自身でジャンルを作るべきだと思うんですよ。でも、残念ながら今の日本でそういうラッパーは少数派だし、どうしても万人ウケはしづらいという課題がありますね。

ーー近未来SFの世界観に影響を受けているとのことですが、そういった世界観の映画やアニメのサウンド面にも影響を受けているのでしょうか?

もちろん、今作はそういった作品の世界観の影響を受けましたが、サウンド面に関してはあまり影響を受けていません。それよりもあまりサイバーパンクやSFに詳しくない人に俺の世界観にあわせてビートを作ってもらったほうが面白いと思ったので、今作ではビートを提供してもらったプロデューサーたちには、すでにあるそういった作品をトレースするのではなく、それぞれがイメージするそういった世界観のビートを作ってもらうことにしました。

そのうちのひとつがNo Flowerというプロデューサーに作ってもらった、すごくノイジーな「KANDEN」なんですけど、彼は普段はゴリゴリハードなラップをする集団のビートを作っているんですよ。ただ、そんな彼に自分が思うサイバーパンクな世界観のビートを作ってもらった結果、めっちゃヤバい曲が出来上がったので、そこはすごくアガりましたね。

あとブレイクコアでラップするために「nevermind」という曲を作りましたが、なぜか「breakcore」で画像検索すると作中でセリフがサンプリングされているというわけでもないのに『serial experiments lain』というアニメの画像ばかりヒットするんですよ。でも、そういう現象が起こるということは、みんながなんとなくその2つを結びつけて考えているからこそだと思うんです。なんとなくのイメージさえあれば、別にサイバーパンクやSFに詳しくなかったとしても、それっぽい面白いビートを作ってもらえると思うきっかけになりましたね。

ーー今作ではボーカロイドを活用した別名義のsuimeeとしても参加したり、VTuberのピーナッツくんも起用されていますが、その起用理由を教えてもらえますか?

これに関しては、ものすごくいろんな繋がりがあったことを経た上でのことなんですけど、まず『Yandel City』を復活させようと思ったのは、当時海外でハイパーポップが流行っていたことがきっかけです。

今でこそ、ハイパーポップは日本でもかなり浸透してきましたが、元々自分たちクリエイターの間では、2年くらい前の時点で注目が集まっていたし、自分もそういうのもいいなと思っていました。ただ、そうはいってもすごいアップテンポな音楽で、はしゃぎまくりみたいな感じだからKamuiとしてやるかと言えば、それはまた別の話というか。

でも別に嫌いではないから、自分ではなく、かわいい歌声のsuimeeとしてやればハマると思ったし、その当時ボーカロイドとトラップ、ハイパーポップの組み合わせで音楽を作る人はあまりいなかった印象があるんですよ。実際はその時点で海外ではそういう音楽もすでに存在していたみたいですけど、少なくとも俺が『YC2』を作っていた頃は、自分が最初でしょみたいな感じで思っていましたね。

『YC2.5』収録曲「星空Dreamin’」(suimee) ミュージックビデオ

ただ、おそらくそういうことが日本で行われていなかった理由は、ボカロ曲を作るプロデューサーがラッパーじゃないからなんですよ。ボカロPは、J-POPっぽい曲を作らせると超うまいけど、ラップの技術としてはやっぱりシーン全体として発展していない。特にボカロPだとオートチューンを使って、ボーカロイドだからこそできる高速ラップみたいな曲を作りがちだと思うんですけど、実はそうじゃないというか。ラッパーの自分からするとオートチューンを使って歌うのもれっきとしたヒップホップなんですよ。だから、そういうことをしても自分的には違和感はないし、ボーカロイドなんて世界で最もウケている日本のカルチャーなんだから、もっとみんなボーカロイドを使ってヒップホップをすればいいと思っていました。

ーーなるほど。確かにsuimeeの「星空Dreamin’」を聴いていると、トラップ以降のメロディーラップと、このカルチャーの相性の良さをすごく感じました。それとこういった形でラップ曲を作れるのであれば、今だとメタバースやVTuberなどオンラインの世界で自分の正体は明かさずに本来の自分とは別人格のラッパーとして活動することもできると思いましたが、その辺りの可能性についてはどうお考えでしょうか?

そうなったらかなり面白いですね。でも、自分が前に出たくない内気な人でもラップしたいみたいなカルチャーは以前のニコラップにもありましたよね。

個人的にはニコラップのカルチャーは好きじゃなかったんですが、ラップが上手い人は確かにいたし、いつの時代でもそういう人たちってやっぱり一定数いるんですよ。だから、今の時代だったらボーカロイドを使ったり、顔出さずにVTuberとして活動しながらラップすることも面白いですね。

ーーでは、リアルのラッパーとそういうバーチャルなラッパーにも共通点があるのでしょうか?

その2つの存在にはそんなに大きな違いはないと思います。そういう意味では、自分がsuimeeでやっていることピーナッツくんがやっていることは一緒だし、まずはKamuiでなく、バーチャルの工程として、suimeeとコラボしてもらったという感じです。

Kamuiさんのチャンネルで行われたピーナッツくんとの突発対談。冒頭、お互いがお互いのスタンスを評し合うところが興味深い

それに今はみんなオンラインで音楽を聴くし、CDを買ってるわけでもないから、ある意味音楽を聴くという体験はバーチャルなんですよ。だから、俺からしたら有名なラッパーもボーカロイドもVTuberも全員フラットでバーチャルな存在なんです。

ーーでは、今のオンラインに慣れ親しんだ若い世代だとラッパーがオンラインのみで活動、することもあまり気にならないということでしょうか?

実際のところは人によると思うのでちょっとわかりかねますが、最近は音楽的にも細分化が進んできたことで、そういうラッパーも気にしないという人が増えてきたと思います。でも、一方でヒップホップの世界では、未だに「お前はこうだから認めねぇ」みたいな価値観も根強く残っていることもあって、リアルのストリートの中で活動しているラッパーだけを良しとする人もまだまだいるとは思いますね。

ただ、個人的には自分の居場所を探しているという意味ではオンラインもリアルもそんなに変わらないし、俺にとってはリアルだけでなくオンラインの繋がりで誰かと交流して、お互いに讃えあうこともすごく感動的で美しいことなんです。だから、リアル、オンラインに関係なく、自分がリアルだと思うものを追求していくことが大事だと思います。

テクノロジーの進歩とヒップホップカルチャーのゆくえ

ーー名古屋から上京してきたことをアイデンティティとして度々語られていますが、今はテクノロジーの発展もあって、地方にいても音楽活動ができるようになりました。最近は地方を拠点にしながらも全国区の知名度を得るラッパーが増えてきた印象もありますが、今でも以前のように上京しないとラッパーとして成功するのは難しいといったことはあるのでしょうか? 

正直、今のヒップホップシーンでは、そういうことはもうほとんどないと思います。俺が仲良くしている人もみんな地方在住ですし、今、あえて東京にわざわざ出てくるという人は関東出身の人だけという感じですね。

自分が上京したのは、まだSNSも全然なかったし、スマホも出始めたばかりの時代だったので、上京するしか選択肢はなかったんですけど、今は地方にいてもSNSがあるからそれを駆使して売れっ子になれるのであれば、別に上京する必要もないし。だから、逆に言えば、SNSでの自己ブランディングが苦手で不器用で人間臭い人が上京してくる感じですよね。それとオンラインよりもリアルで繋がって何かすることが得意なコミュニケーション能力が高い人かな。

ーーSNSを始めとしたテクノロジーの進歩がヒップホップシーンにも大きな影響を与えている、と言えそうですね。

そうですね。みんな自覚してないだけでそういうことはめっちゃあると思います。例えば、俺の場合だとYouTube配信とかゲーム実況とかやってますけど、そんなラッパーはなかなかいないですからね(笑)。でも他のラッパーでもインスタライブはやっているし、それってテクノロジーの賜物でしかないというか。例えば、ゲーム実況の配信ってゲーミングPCや配信用のカメラを用意するとかそのためのツールを色々用意して、ようやくできるんですけど、インスタライブだとスマホさえあれば、ワンクリックで配信できる。それってめちゃくちゃヤバいテクノロジーだと思うんですよ。

ーーKamuiさんから見て今、テクノロジーを活用して面白い取り組みを行っている人はいますか?

そういうものをうまく活用しながらファンと交流していくのは、今の時代だとすごく大事なんですけど、正直、ヒップホップ界隈だとインスタライブ以上のテクノロジー駆使している人はあまり見かけないですね。でも、俺のアートワークやロゴを手がけてくれてるJACKSON kakiというクリエイターは、メタバースとかVRを活用した表現もめっちゃ研究しているし、そういうテクノロジーを駆使しながら生っぽい、ある種生理的な気持ち悪さも感じさせるような表現を追求していて、自分のやりたいことをやっている印象があります。

『YC2.5』収録曲「疾風 Shippu」ミュージックビデオ。JACKSON kakiがスペシャルサンクスにクレジットされている

ーー3-i名義でプロデューサーとしても活動されており、トラックメイキングもされていますが、いつもどういった機材を使っているのでしょうか?

DAWはLogic Proを使っていて、あとはMacにオーディオインターフェイスを繋いで、それでレコーディングするというすごくシンプルなセットアップでやっています。あと基本的にサンプリング主体でやっているので、特にMIDIキーボードも使わず、打ち込みが必要な時はMacのキーボードを使っています。

ーーKamuiさんのように自分でトラックメイクできることでプロデューサーとやり取りする上で良いと感じるところはありますか?

自分がラッパーなんで、ラップとしてどうやって構成していくかということを伝えやすいという部分ではやりやすいですね。やっぱりプロデューサーの中には、ラッパーがどういう展開の曲だとラップを乗せる上でありがたいかということが感覚としてわからない人も多いんですよ。そういう場合にもらった曲を自分で切り貼りして構成して送り返すこともめっちゃやります。

ただ、たまにラップのことがわからないからこその新しさを感じるビートもあるんですよ。例えば、今作だと「Bad Feeling」はまさにそういう曲ですね。このビートは元々はMenace無が使う予定だったんですけど、彼女がラップをどこに入れたらいいかわからなすぎて匙を投げたから、俺がもらってラップすることにしました。そういうラップしづらいビートでも面白いラップができると思ったら使うようにしています。

『YC2.5』収録曲「Bad Feeling feat.荘子it」ミュージックビデオ

ーー今はタイプビートを使うラッパーやサンプルパックを使うプロデューサーも増えており、イチから自分で曲を作らなくても自分のイメージする曲が作りやすくなっていますが、そういった傾向をどう捉えていますか?

多分みんなが1番ストレスを感じるのは、好きなビートがあるのにそれを自分で作れないことだと思います。だから、個人的には今のようにサンプルパックを使ったり、タイプビートを使うことに関しては肯定的に捉えています。ちなみに自分も今作ではサンプルパックを結構使いました。

これは自分もそうだったから言えることですが、そもそも最初はみんな誰かの曲を聴いて、「こういう曲ってどうやったら作れるの?」というところから始めると思うんですよ。だから、例えば、サンプルパックを使うことで手軽に自分が作ってみたいと思う曲に近いものが作れると便利だし、それを経たことで曲作りが学びやすくなったり、曲作りを始める敷居自体が低くなるのはすごく良いことだと思います。

ただ、それをするだけで誰でも良いものができるかと言えば、そうじゃない。簡単に曲が作れるようになったのは確かに良いことだけど、それはあくまで曲作りの入り口に立っただけというか。当たり前ですけど、そこで満足していたらそれ以上のものは作れないんですよ。

タイプビートのおかげで始めやすくなったラップに関しても同じです。もちろん、ラップを始めたばかりの時は、始めたこと自体が嬉しいのはわかるけど、もしそのレベルのラッパーが俺とコラボしたいと言ってきたら、「その程度で満足してるやつとはコラボしないぜ」と言いますね。ラッパーにしてもプロデューサーにしても猛者が集っているフィールドに出向くのであれば、それなりの武器は絶対に必要になる。

そういう意味ではサンプルパックやタイプビートのおかげでヒップホップシーンに参入する窓口自体は広くなったのかもしれないけど、別にそこでの戦いのレベルが落ちたというわけではないというか。参入しやすくなったことで、逆に求められるクオリティ自体は上がってきていると思います。もし、これからプロデューサーやラッパーとして成功したいというのであれば、なおさらそのことは意識しておくべきですね。

取材・文:Jun Fukunaga

Kamui プロフィール

名古屋市生まれ 。「3-i」名義でプロデューサーとしても活動。
2017年にラッパーなかむらみなみらとTENG GANG STARRを結成し、2018年に1stアルバム『ICON』をリリース。2019年のグループ解散後もソロとして精力的な活動を続け、自身の主催するパーティ「MUDOLLY」を開催。同イベントに出演していた新鋭ラッパー達と新たなプロジェクト「MUDOLLY RANGERS」を始動するなどシーンの新たな台風の目となる存在となった。
2022年クラウドファンディングで300%オーバーを達成し、『YC2』のデラックスver.である『YC2.5』をリリース。

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*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2022.09.16)