サンプリングライセンスの販売サービス・Tracklib。Soundmain Storeのような著作権フリーの音源素材を販売するサイトとは異なり、ユーザーはTracklibに月額課金をすることで、同サービスにライセンスが委託されている既存レーベルからリリース済の作品のダウンロードが可能に、サービス利用料の一部は、著作権者・原盤者に再分配されるという仕組みのサービスです。Soundmain Blogでは、過去にCEOへのインタビューも実施しています。
そのTracklibと、日本のバンダイナムコミュージックライブ(提携当初バンダイナムコアーツ)が提携したということが昨年話題に。人気アニソン系レーベル・ランティスなどを擁する同社がいち早くTracklibと提携した背景には、有名ヒップホップアーティストがアニソンをサンプリングしたヒット曲が多く見られることがあったと、当時のプレスリリースでは触れられていました。
改めて、Tracklibとは?
ーーまず、Tracklibとはどんなサービスなのでしょうか?
Tracklibは、2018年にスタートしたサンプリングのライセンス・プラットフォームで、原曲の一部を使って新しい音楽を作る音楽制作手法「サンプリング」の許諾を簡単に行うためのサービスを提供しています。
2019年頃は約200レーベルがこのプラットフォームと契約しており日本のレーベルもほぼゼロでしたが、最近はその数も300レーベル以上になり日本のレーベルも少しずつ増えている印象です。
サンプリングは音楽制作手法としても面白いし、レーベルを通さずに音楽配信などを行う個人のアーティストもそういった制作手法で作った音楽をどんどんリリースできるようになれば良いなと思うのですが、やっぱりサンプリングの権利処理はめちゃくちゃ大変なんです。
Tracklibの特徴は、その権利処理を簡単に行えるところにあるので、レーベルに所属せずに個人で活動するアーティストや音楽クリエイターにとって、とても便利なサービスだと思います。
ーーTracklibではどのようにしてサンプリングのライセンス許諾が行われるのでしょうか?
Tracklibでは、月額5.99ドル〜29.99ドルまでの3つのプランが用意されており、それぞれのプラン毎に1ヶ月にWAVフォーマットでダウンロードできる音源の数が決まっているので、ユーザーはその中から任意のプランを選んで加入します。
その後、Tracklibのカタログ音源の中から好きな曲を探していき、気に入った曲が見つかったら音源をダウンロードし、その音源を使ってトラックメイクしたら、Tracklibに許諾のための申請を行います。
サンプリングソースとなる音源も3つのカテゴリーに分かれており、カテゴリー毎に許諾料が異なります。またサンプリングで使用した秒数によってサンプリングしたオリジナル曲の収益から原曲の権利者へ分配すべき料率が変わってきます。
これらのステップを経て、初めてユーザーはTracklibのカタログ曲を使って合法的にCDや配信リリースなどいろいろなことができるようになります。
ーーTracklibでサンプリングのライセンスが購入された場合、バンダイナムコミュージックライブおよびアーティスト・クリエイターには、その分の利益がどのように配分される仕組みになっているのでしょうか?
権利者に支払われる利益に関しては、著作権と音楽原盤の2つの使用料に分かれます。まず著作権使用料の話からすると、Tracklibのサービス自体は現地の著作権管理団体と包括契約をしているので、ユーザーがカタログにある音源をダウンロードしたタイミングでダウンロード数に応じて使用料が現地の著作権管理団体に支払われます。その後日本の音楽出版社にJASRACまたSub-Publisherを経由して分配され、最終的にクリエイターに対して再分配される仕組みになっています。
また実際にサンプリングした後の曲に関しては、サンプリングしたユーザーがTracklibに対して、「この曲を使ってこういう曲を作りました」と申請する流れになっているので、それを受けてTracklib側から音楽出版社に連絡が入ります。
その情報を元に原曲の音楽出版社がJASRACに対して作品登録を行うことによって、CDや配信リリースされたものも含めて、JASRACを通して原権利者の人たちにも使用料が分配される流れになっています。
音楽原盤の使用料に関しても、音源がダウンロードされたらTracklibから直接レーベル(原盤権利者)にお金が支払われます。また実際にサンプリングされた後も、先ほどお話した音源の使用時間とカテゴリーによってTracklibで定められている使用料がありますのでそれがレーベル(原盤権利者)に支払われ、アーティスト/ミュージシャンの方々に再分配していく流れになっています。
VTuberから民謡まで。どういった音源が人気に?
ーーどのような経緯でTracklibとライセンス契約を締結することが決まったのでしょうか?
Tracklibと契約することを決めたのは、原曲のクリエイターやアーティストの権利が守られ、収益が還元される仕組みが構築されていたからですね。
元々、Tracklibを知ったきっかけは、クリエイターがTracklibのことをSNSで話題にしていたのを見かけた時でした。それでどんなサービスかサイトをチェックしてみたら、さっき話したサービス内容がしっかり説明されていたのですが、最初は本当にこんなことができるのかは疑問でした。
そこでコネクションも何もない状態だったので、「日本のレーベルなんですけど、うちの作品も取り扱ってもらいたいからサービスについて説明してもらえますか?」という感じで、直接Tracklibにコンタクトを取ってみたんです。Tracklibも当時日本のレーベルが少なかったこともあって、すぐにオンラインミーティングをセッティングしてくれて、そこから一気に契約の話が進んだという感じです。
ーーちなみに最初にTracklibでライセンスされたバンダイナムコミュージックライブの音源はどのような曲なのでしょうか?
最初は、にじさんじ所属のバーチャルライバー/VTuber・樋口楓さんのデビューシングル「MARBLE」でした。その他には、TVアニメ『転生したらスライムだった件』やTVアニメ『働くお兄さん!』のサウンドトラックなどを提供いたしました。
あと、アポロン(バンダイ・ミュージックエンタテインメント)時代の古い音源の中から、日本の民謡や童謡などの音源も一部提供しています。
なるほど。確かにTracklibで沖縄民謡など日本の音源を見かけたことがありましたが、それはバンダイナムコミュージックライブさんの音源だったのですね!
そうなんです。どのようなジャンルの音源にニーズがあるのか分からなかったので、最初はいろいろなジャンルの音源を提供いこうと思い、分かりやすい“和っぽい”音源もいくつか試しに入れてみたという感じです。
ーー現在、Tracklibのカタログにはどのくらいのバンダイナムコミュージックライブ音源があるのでしょうか?
大体300~400曲くらいですね。ただレーベルとしては「ランティス」や「バンダイミュージック」という形でそれぞれのレーベル毎に分かれてTracklibのカタログに入っています。
ーー300~400曲くらいの音源がTracklibのカタログにあるとのことですが、やはりバンダイナムコミュージックライブさんが取り扱う曲を全てカタログに入れることは難しいのでしょうか?
そうですね。サンプリングとなると、著作物の改変となるため、アーティストはもちろん、原曲のクリエイターの方々にも事前に承諾をいただけないとカタログに入れることができません。
アニソンはJ-POPなどに比べて、以前からニコニコ動画など、ファンの方にいろいろな使われ方をしてきた歴史があるし、原曲を知ってもらうきっかけにもなるということで前向きに検討してくれるアーティストやクリエイターが多い印象があります。
一方で“どういう形で使われるかわからないもの”に対して、提供することに難色を示される作家事務所やクリエイターもいらっしゃいます。それとステムでの提供は不可だが、マスター音源なら承諾して頂けるということもありますね。
ーーちなみにバンダイナムコミュージックライブさんのカタログの中ではどんな音楽がサンプリングされやすい傾向にあると認識していますか?
まだ一部の音源しか提供できていないので、全体の傾向というのは分からないのですが、和楽器を使っているトラックや、日本語の童謡や民謡などわかりやすく“日本っぽい”曲はサンプリングされている印象があります。こういった音源は、海外のユーザーからすると新鮮なものとして捉えられているのか、短期間に大量にダウンロードされたこともありました。
ーーアニメ系の音楽よりもそういった音源の方がサンプリングソースとしては人気ということなのでしょうか?
最初はアニメの劇伴やアーティストの音源をカタログに入れていたこともあって、当然ながらそういった音楽がよくダウンロードされていましたが、その中でもパラデータをちゃんと提供している音源を中心にどんどんダウンロードされていく傾向がありました。その後に何ヶ月か経って童謡や民謡をカタログに入れてからは、そちらのほうが圧倒的に多くなりましたね。Tracklibのユーザーは日本よりも海外の方が圧倒的に多いこともその理由のひとつだと考えています。
今後のアニソン業界とTracklibの連携は?
ーーTracklibとバンダイナムコミュージックライブさんのライセンス契約締結に関するプレスリリースには、松尾さんの発言として「(サンプリングされることで)オリジナルアーティストが新たなチャンスを得ることにつながる」とありましたが、サンプリングという文化に関して、バンダイナムコミュージックライブとしても基本的にはポジティブに捉えているのでしょうか?
昔からアニソンは、色々な使われ方をしてきたし、ある意味ではそのおかげで原曲を知ってもらえたり、ヒットに繋がることもあったので、僕個人としても無許可サンプリングはグレーではあるものの、前向きに捉えているところがありました。
ただ、僕らとしてはやはり原曲のクリエイター/アーティストの権利を守る立場でもあるので、やっぱり無許可サンプリングを見つけたら対応しないといけないし、そことどうやって折り合いをつけるのかは非常に難しかった。原曲のアーティスト側もサンプリングするユーザー側も両方が楽しんでもらえる、Win-Winになれるというか、創作のしやすい環境を作れないかということについてはずっと考えていたんですけど、その仕組みを自前で作ろうと思ったらなかなか大変で……。でも、その仕組みがTracklibにあることを知ったことで、ぜひ一度一緒にやってみたいと思ったんです。
ーー公式にバンダイナムコミュージックライブさんの音源をサンプリングできる機会が与えられたことに対して、ユーザーからはどのような反響がありましたか?
プレスリリースを出した時もそうでしたが、「やっとサンプリングできるようになった」など、ポジティブな反応が多かったです。ユーザー側からしても、ちゃんとオフィシャルでサンプリングできるようになったことで得られる安心感はやっぱり大きいと思っています。
ーーちなみにアニソン業界からは、この取り組みに対してどのような反応がありましたか?
Tracklibとパートナー提携したことについては、最初他レーベルさんからは驚かれましたね。サンプリングという複雑な権利処理を行うサービスですので、そこに踏み込むにはそれなりにレーベル側のリソースも必要になってきます。ただし画期的な仕組みですし、興味を持っているレーベルは多い印象です。
ーー今後、バンダイナムコミュージックライブさんのカタログにラインナップされる音源が拡充される可能性はありますか?
まだあまり手がつけられてないだけで、カタログが拡充していく可能性は十分あります。僕らが取り扱うアニメ音楽の場合は、クリエイターとアーティストだけでなく、アニメ制作委員会側の確認も必要になってくるので他の音源と比べると少し時間はかかってしまうのですが、今後もいろいろな曲をどんどんアップできるようにしていきたいと思っています。
最近は個人で活動するアーティストが増えてきましたが、やっぱり個人でサンプリングの許諾を自分で取るのは大変だと思うんですよ。でもTracklibの場合は、そういったことがワンストップでできるので、ユーザー側にとっても需要はあるはず。そう考えると権利者側としてもやっぱりそこにアプローチしていく必要はあるし、今後、こういった動きがアニソン業界全体に広がっていくことに期待しています。
取材・文:Jun Fukunaga
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2023.05.17)