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Tame Impala『The Slow Rush』に見るソフトロック「サンプリング」要素がおもしろい件

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2015年にリリースした3rdアルバム『Currents』が、Pitchforkレビューでの9.3という高評価を獲得したほか、様々なメディアでも絶賛されたTame Impala(テーム・インパラ)。

同アルバムでは、初期のサイケロックリヴァイバルとは異なるポップスよりの作品となり、バンドとしてもそれ以降は数々の有名フェスでも準バンドライナークラスの出演の増加。そして、記憶に新しい昨年のコーチェラ2019ではついにヘッドライナーとして出演を果たし、今年はボナルー・フェスティバルでもヘッドライナーを務めるなど今や押しも押されぬポップススターの地位を手中に収めた感があります。

  そんな中、多くのファンが兼ねてから心待ちにしていた最新アルバム『The Slow Rush』が、先述の『Currents』より5年を経て、今月14日ついにリリースされました。

The Slow Rush

The Slow Rush

  • Tame Impala
  • オルタナティブ
  • ¥1935

テン年代の様々な”ポップス”との交流を経て生まれた『The Slow Rush』

率直にいって、『The Slow Rush』は、『Currents』とは地続きの続編的アルバムといった感じではあるものの、よりポップスに振り切った作風になっているのが特徴的です。そんなアルバムではソフトロック、R&B、ディスコ、ヒップホップから果てはハウスまで取り入れるほど音楽性の幅が広がった作品に。その反面、Tame Impalaの代名詞であったサイケテイストは、もはやメインではなくなったものの、味付けの部分で際立つようになり、広義のドリームポップを機能させるためのメロウネスとバレアリックさに集約されたような印象も受けます。

前作から最新作リリースまでの5年の間にバンドの頭脳であり、心臓、作詞作曲から演奏、ミキシングまで1人でこなすアーティスト兼プロデューサー兼エンジニアであるKevin Parker(ケビン・パーカー)は、ポップス界きってのプロデューサーであるMark Ronson(マーク・ロンソン)のほかに、Kanye West(カニエ・ウェスト)、Travis Scott(トラヴィス・スコット)など今やポップスとしての地位を確立したヒップホップシーンともコラボ。

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そのほかにもKali Uchis(カリ・ウチス)のようなラテン系ポップスなど様々なポップスシーンとも交流を深め、その才能に目をつけたRihanna(リアーナ)は自身のアルバム『ANTI』でTama Impala曲をカバー。

Same Ol’ Mistakes

Same Ol’ Mistakes

  • リアーナ
  • ポップ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

A$AP Rockyはサンプリングするなど、そのマジカルな音楽の需要がともかく高まり、今や言わば、世界一の宅録ミュージシャン(果たして宅録といっていいものか)の座を掴んだKevin Parker。

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そんな彼の才能が炸裂するのを最も期待されていたのが、メインプロジェクトであるこのTame Impalaの『The Slow Rush』のわけでして。ここ日本でもとにかく昨年、当時4年ぶりの新曲となった「Patience」発表以来期待が高まっていたのは、ファンならご存知のとおり。

 

『The Slow Rush』はロックの再ポップス化を目指したアルバムなのかもしれない

そんな中、いくつかの先行曲発表を経てついにリリースされた『The Slow Rush』。アルバムの評価に関しては、先述のPitchforkでは8.0と前作を超える評価は得られなかったものの、それでも高評価であることは間違いなし。またSNSで検索していても日本のファンからは軒並み高評価を獲得しているという印象を受けます。しかしながら、海外のファンからは『The Slow Rush』はつまらないという声も少なからず上がっており、”サイケ”のイメージから離れた振り切ったポップさに反発を示す者もいるようです。

とはいえ、Kevin Parker自体はかねてからBritney Spears、Kylie Minogueのようなわかりやすいシュガリーな”ポップス”好きを公言していたり、70年代に活躍したポップなプログレバンドSupertramp(スーパートランプ)愛を度々語ってきたことから、そのポップ嗜好が垣間見えた『Currents』に続くアルバムである『The Slow Rush』がこういったポップアルバムとして完成することを予想していた人はファンの中にも多かったはず。

思えばテン年代において、ロックはポップスというカテゴリーの中では同ディケイドの前半ではEDM、後半ではヒップホップに取って代わられ、今やフェスのヘッドライナー級アクトといえば、Tame Imapalaを含めても数えるほど。そのような状況の中で”ポップスに接近することでロックの再ポップ化を目指した作品”として『The Slow Rush』を捉えると、なんだか2020年代の新しいロックの可能性も感じるため、個人的にはかなりワクワクします。

また近年の”ポップスター”のプロデューサー仕事の経験からかKevin Parker自体が、かの有名なポップス・ジャイアント、Max Martin(マックス・マーティン)を視野に捉えているという発言もあることから、この方向性は必然といえば必然なのかもしれません。

そんなアルバムでは「これまでの人生が流れるように目に映り、今後の人生が鮮明に見えてくるような時の流れを表現している」というKevin Parker。その言葉どおり、収録曲にはオープニング曲の「One More Year」や、ラストの「One More Hour」のように”時”に関するタイトルを冠した曲含まれていたり、リリックにもそういった内容が多いのも特徴です。

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特にすでに多くのメディア指摘している「It Might Be Time」は、デビューアルバムから10年を経て、今や30代半ばに差し掛かった自分について、もう若くないからこれからどうして生きていくべきなのか?と自問する姿が印象的ですが、その答えが少なくとも音楽的にはポップスだったことを考えるとなかなか興味深いなぁと。

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ヒップホップのサンプリング手法を取り入れた『The Slow Rush』とネタとしてのソフトロック

そんな『The Slow Rush』で興味深いのは、サウンド面においても先述のヒップホップ界隈との交流が影響を与えている点です。これまでのNew York Times、Uproxxのインタビューでは、ヒップホッププロデュサーの”サンプリング”的手法や"Kanye Westの視点"を取り入れることを意識したと語っているKevin Parker。

その言葉どおり、『The Slow Rush』では、サンプリング的手法で先述のような様々なジャンルの音楽要素が取り入れられているのですが、特に際立つのはソフトロックに影響されたと思われる部分です。

その意味で興味深いのBillboardが公開したアルバムに影響を与えたソフトロック曲を考察する記事。

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同記事では例えば、 「One More Year」のイントロの自分の声をサンプリングして作られたシンセパッドをソフトロックの代表格バンドである10ccの「I’m Not In Love」の同様のパートと比較したり、「Is It True」のディスコ感をBilly Ocean(ビリー・オーシャン」の「Caribbean Queen」と比較して考察するといった非常にマニアックなことが行われています。

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また『The Slow Rush』は、メロディなどサウンド的にもラテン音楽の影響を感じることも特徴ですが、このあたりはKali Uchisとのコラボの影響と捉えるよりは、むしろ、ブラジリアンやカリビアンなどでも名曲が多いソフトロックの影響だと思ったり…。
(先述のBilly Oceanはトリニダード・トバゴ出身)。

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あと父親のとの複雑な関係を歌う「Posthumous Forgiveness」や「One More Hour」あたりは70sプログレ、ソフトロックの影響が強く伺えます。特に「One More Hour」のピアノやギターリフはKevin Parkerが敬愛するSupertramp(スーパートランプ)「The Logical Song」愛が目立つ1曲だといえるでしょう。

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また同記事では、Tame Impalaの元祖ともいえる60年代のサイケロックバンドJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)が、活動10年ほどを経て、Jefferson Starship(ジェファーソン・スターシップ)というポップ成りしたことを参考に、Tama Impalaもまた2010年のデビューアルバム『Innerspeaker』から10年を経た今、同じようにポップ成りしていると指摘する部分も非常に興味考察ではないかと。

 

リズム面から見る『The Slow Rush』

このような考察から『The Slow Rush』は、ソフトロックをサンプリング的手法で取り入れたアルバムといえると思いますが、ポップスという面で考えると同アルバムのプロトタイプである『Currents』との差異が現れているのはリズムの面だと指摘する声もあります。

元々ドラマー出身でもあるKevin Parkarからするとビートメイクにも一家言ありということなのでしょうが、ビートでいえば、「Instant Destiny」は、2000年代のTimbaland(ティンバランド)風だという指摘する声があったり、『The Slow Rush』中感じるウワ音やメロディにさりげなく感じるラテンフレーバーはリズムパターンにも現れており、「Tomorrow’s Dust」のリズムなんかはまさにそれ。ほかにもアルバムには収録されませんでしたが、先述の「Patience」はジャケにも現れていたコンガのビートが目立つ曲であり、そのテイストは先述の「Is It True」あたりでわかりやすく健在です。

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さらにリズム面でいえば、ディスコ、ハウスグルーヴを取り込んだ一見、四つ打ちと思わせる曲もありますが、例えば「One More Year」は純粋な4/4ビートではなく、14/4という変拍子になっているとKevin Parkarが語ることから、細かなビートメイキングのこだわりを感じます。

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新たなサイケデリック表現としてのダンスミュージック要素

加えてリズムから発展させてダンスミュージックとしての側面を感じ取れるのも『The Slow Rush』のおもしろいところです。サンプリング的手法もそうなのですが、アルバムではシンセサウンドを以前より多用しているのが特徴で、「Breath Deeper」でのアシッド感が強いTB-303、「Is It True」のファンキーなベースラインに加えての太いシンセトーキングベースあたりは、Daft Punk(ダフト・パンク)、Justice(ジャスティス)に通じるフレンチハウスの影響も伺えます。

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『Currents』収録曲の「Let it Happen」がリリース当時、Daft Punkの『Random Access Memories』とThe Gurdianのレビューで比較されていましたが、そこを意識的に避けるのではなく、そこにさらにもう一歩踏み込んできたところは非常に興味深く、これもまたKevin Parkerのポップス志向が故のダンスポップ的アプローチなのかもしれません。

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また今回こういったフレンチハウスにより接近して見せたTame Impalaですが、ネット上ではDaft Punkとのコラボの噂もまことしやかに囁かれており、以前、Ed BangerのBusy P(ビジー・P)とKevin Parkerが並ぶ写真が公開されていたこともあり、今後もしかしたらこの噂にも拍車がかかるかも? と思うとちょっとワクワクしますね。

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サイケな面でいえば、リヴァーヴ、ディレイ、フランジャーなど空間系エフェクトをギターのみにこだわらず、シンセにも多用し、陶酔感を演出しているのも『The Slow Rush』の音作り面での特徴だと思います。(シンセの多用については近年のEDMプロデューサーであるZHUとのコラボの影響との指摘もあります)

 

先述の「Breath Deeper」でのTB-303は、ギターに変わるサイケデリア表現としてあの独特のアシッド風味を取り入れた感すら漂いますが、ダンサブルなグルーヴや同曲でのレイヴィーなピアノリフを用いたアシッドハウスオマージュぶりも含めて、こういったセカンド・サマー・オブ・ラブ的な音を取り入れたことも”モダン・サイケデリア”という意味で、2020年のTame Impalaならではの新たなサイケ解釈なのかなと思ったり。

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このように振り返ってみると、時代を振り返りつつ、あらゆる音楽の要素をヒップホップ的にサンプリングしてロックの再ポップス化を目指すものとして再構築をしたものが『The Slow Rush』なのかもなという印象を受けました。

ただ、この流れとはまた別に最近はMura MasaやGorillazがシンセの代わりにギターに重きを置き、新たなロックの潮流を作ろうとしているようなスタンスをとっていることを考えると、2020年代のロックの行方も多様化していきそうで面白いなと思っています。以上、お後がよろしいようで。

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Reference:Pitchfork, New York Times, Uproxx, Billboard, The Guardian

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