コロナ禍以降、国内外の大物アーティストが次々にバーチャルライブに取り組んできたことで、今では音楽ファンの間にもバーチャルライブがずいぶん浸透した印象があります。
また、バーチャルライブの舞台としても知られるゲーム『フォートナイト』を先駆けとして、“メタバース”(ユーザーがデジタル・アイデンティティを保ったまま、さまざまなプラットフォーム、仮想世界を行き来できるという概念)にも注目が集まっています。Facebookが「Meta」に社名変更し、大々的にメタバース参入を打ち出したことも話題になりました。
Soundmainでも、今年はメタバースへの認知度が高まっていくことにあわせて、バーチャル空間における音楽制作の可能性を追いかけてきました。しかし、当のアーティストからはどのような可能性を示すものとして捉えられているのでしょうか?
その答えを改めて探るべく、今夏、ソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」内にて、設立9周年を記念するVRワールド・ツアーを実施し、話題を呼んだ気鋭のダンス・ミュージック・レーベル「TREKKIE TRAX」(公式サイト)にインタビュー。futatsuki氏、Carpainter氏、Seimei氏の3人にVRワールド・ツアー実施の背景から、VRシーンとの関わり方、そして、メタバースでの音楽制作の可能性などについてお話を伺いました。
コロナ禍を逆手に。レーベル9周年の新たなチャレンジ
ーー今年TREKKIE TRAXは「VRChat」内にて、VRワールドツアーの「TREKKIE TRAX 9th Anniversary VRChat WORLD TOUR」を行われましたが、どのようなきっかけでこういった形で開催されることになったのでしょうか?
futatsuki TREKKIE TRAXでは毎年、周年を迎えるタイミングで、それなりの規模のアニバーサリーイベントをやってきましたが、8周年を迎えた昨年は、コロナ禍の影響もあって、そういったことはできませんでした。ただ、9周年を迎える今年は、さすがにレーベルとしても2年間も何もアクションを起こさないのはどうだろうという話もメンバーの間でしていたんです。
その少し前までは、他のDJの方もリアルのクラブの現場がなかったので配信系のイベントに出演していたし、それなりに配信イベントがシーンに定着してきた感じはありました。でも、その頃には配信イベントの目新しさもなくなり、だんだん終息気味になっていたので、アニバーサリーイベントを普通の配信イベントとしてやったとしても、どこまでもリスナーがついてきてくれるかもわからないと思ったんです。それにコロナ禍以降、何度か配信イベントをやってみた経験からも、リスナーだけでなく、遠隔で参加してくれるDJたちともこれまでの自分たちのパーティーのような一体感をそこで得たり、その場の盛り上がりを共有することは難しいなと感じていました。
そんな時に以前から親交がある音楽ディレクター / A&R のHirokiさんという知人から、「今、VRChatでDJシーンが盛り上がっていて、君たちも体験しておかないとヤバいよ」という話を聞いたんです。その時はあまりピンと来なかったのですが、その後もやたらとプッシュされたこともあって、そんなに言うのであればということで、VRChatのクラブシーンを体験させてもらうことになったんです。
僕自身、がっつりVRデバイスを使って、VRChatにダイブする体験はなかったので、その時のVRChatでのクラブ体験には新鮮さがありましたね。VRの中にもしっかりとユーザーやDJの交流が日常的に生まれているなどリアルのようなクラブシーンがあって、普通の配信イベントよりも身体性が伴っているなとも感じました。その時に「TREKKIE TRAXもVRChatでDJやツアーをやってみたら?」とアイデアを頂いたことがきっかけになり、9周年ツアーをVRChatで開催することになりました。
ーーリアルのクラブの現場を主戦場にする側として、VRChatでのツアーはどんなところにチャレンジを感じましたか?
futatsuki 僕らとしてもこれまでやったことがなかったので、一歩踏み出すような感覚はありましたね。今回の9周年イベントでは、LAの2TONEDISCOが主宰する「SHELTER」、オーストラリアのVelatixが主宰する「LONER」、それと僕らが普段からDJしているクラブでもあり、それをVRで再現した東京のclubasiaでプレイしましたが、2TONEDISCOもVelatixも以前から僕らとはリアルでも共演歴があり、親交もあったので実際にVRChatでツアーをするとなった時もその部分での動きやすさはありました。
ただ、僕らは今回のツアーのためにVRChatを始めた身です。VRChatのDJシーンは、リアルのDJシーンとの繋がりはあまりないように感じましたが、そこならではの独自のDJシーンもしっかりあります。その頃はリアルのクラブをメインに活動している日本のDJがVRChatでDJをする前例もあまりなかったし、既存のVRChatのDJコミュニティから、このためだけにシーンを利用したような感じに捉えられないよう、今回のツアーが終わった後もしっかりとコミットしないといけないという意識がありました。
ーーツアーを行ったことで、VRChatのDJコミュニティとの交流は生まれましたか?
futatsuki ツアーでは先ほど話したHirokiさんから紹介してもらったことで知り合った、VRChatの人気クラブ「GHOSTCLUB」を主宰する0b4k3くんに配信周りのことを手伝ってもらいました。0b4k3くん自身もTREKKIE TRAXの以前の音源を聴いてくれていたり、僕らのことを以前から知ってくれていたし、ツアーをきっかけに知り合ったことで、今では僕自身もGHOSTCLUBに出演したり、VRChatでのパーティーが終わった後にリアルのクラブのように色々と話し込んでみたりとか仲良くさせてもらっています。
ーーリアルのクラブ側からの反応はいかがでしたか?
Carpainter 現状、VRChatのクラブシーンについて、音楽メディアが取材することもまだまだ少ないし、外に出てきづらい部分はあると思います。だから、これまでVR関連の情報を追ってきたような人じゃないと「新しいことでまだちょっとよくわからない」というのが率直な意見かと。ただ、僕らがVRChatでツアーをやったのは今年の夏頃でしたが、最近は”メタバース”という言葉がバズワードになっていることもあり、VRChatのクラブイベントに対しても“TREKKIE TRAXがやっていたアレね”みたいな感じの反応は以前よりも増えた気がしています。
TREKKIE TRAXが感じた、VRクラブシーン独自の空気感
ーーDJにとって、VRクラブの魅力はどういったところにあるのでしょうか?
futatsuki VRにはリアルとは完全に異なる、別のシーンがあるということですね。例えば、現実世界でDJをしていると、どこのクラブでDJしてる人とか、どのジャンルの人とか、色々地続きな感じがすごくあるのですが、VRChatのクラブシーンに関しては、場所が現実世界ではないので、そういう僕らが知っているリアルのクラブシーンとは完全に切り離されたものという感じがします。
それとVRChatのクラブシーンにも当然、人気DJとされる人たちがいるのですが、その人たちの多くはあくまでVRChatに限定して活動されている印象があります。ただ、そこが今、シーン同士の交流が始まったことで、リアルとVRの現場をお互いに行き来しあうようなことも少しずつ増えてきました。
Carpainter 最近では、DJ SharpnelさんのようにリアルのシーンからVRシーンへいち早くコミットしたDJがリアルのクラブイベントのゲストDJとして、VRと同じアバターのままの形で出演することもありますね。
futatsuki リアルのクラブでDJとして出演する機会を得るのはDJを始めたばかりだとかなりハードルが高いと思います。その意味ではVRは、リアルに比べてイベント数が多いので、DJするチャンスも多いように感じます。もちろん、どちらが格上とかそういう話ではなく、VRでDJする方が簡単だというわけではありませんが、そういう初心者でも参入しやすい表現の場が増えたことはDJにとってはポジティブなことだと捉えています。
Carpainter VRChatではリアルのように場所的なリソースがないので、誰もがクラブ自体を作れるし、本当に毎晩イベントが行われています。だから僕もVRツアーが終わったその後の2週間くらいは毎日VRChatにログインして、毎晩どこかのVRクラブに遊びに行っていました。VRクラブというカテゴリーの中にもストイックに音楽性を追求したものもあれば、会話を楽しみながら音楽を聴くようなものがあるし、VRでしか演出できないような世界観のものもあったりとリアルのクラブと同じようにそれぞれのVRクラブ毎に特色があるのが面白かったですね。
VRクラブも最初はやっぱりVRChatの中にみんなが集まって音楽を聴けて、会話できたりする場所があれば楽しいよねという感じで3年ほど前にスタートしたらしいのですが、それが今ではリアルのクラブのようにクラブ毎に特色があり、そこに来る客層みたいなものも確立されている。そういう状況が3年くらいの間に出来上がったのはやっぱりすごいと思いますし、そこに感動しましたね。だから、今はVRだからVRクラブに行くというのではなく、リアルと同じようにこのDJが出演するからとか、自分の好みの音楽を聴きたいから行くような感覚でVRクラブに遊びに行っているので、そういう意味では今はリアルとVRのクラブの違いをあまり感じることなく楽しんでいます。
ーーリアルのクラブシーン側の存在として、TREKKIE TRAXがVRクラブシーンとリアルのクラブシーンをクロスオーバーしていくことは考えていますか?
futatsuki 僕もVRクラブには出演しているし、CarpainterもサンリオのVRフェス(「SANRIO Virtual Fes in Sanrio Puroland」)に出演していたりもするので、僕らとしては、9周年イベントが最後のVRクラブイベントとは考えていなくて、例えば、VRだけのリリースパーティーだったり、何かタイミングがあれば、今後も続けていきたいと思っています。
それとリアルのクラブにはいないVRクラブシーンで知ったアーティストってめちゃくちゃいっぱいいるんですよ。僕らのこれまでの観測範囲ってすごくローカルというか、リアルのクラブで知り合った人にその友達を紹介してもらうとか、クラブで乾杯して仲良くなるみたいなコミュニケーションだったので、やっぱり観測範囲としてはすごく狭かったんですよね。
もちろん、デモを送ってきてくれる若手のアーティストもいるし、最近ネットで話題になっているようなアーティストの話は耳に入ってくる限りはわかるのですが、そうじゃないアーティストも沢山いるので、そういう人たちをどうやって発掘していくのかに関しては、レーベルとしても課題でした。
それがVRChatを始めて、観測範囲がVRクラブシーンにまで広がったことで、そのシーンにいるDJがめちゃくちゃ上手いVRDJ、すごく良い曲を作るアーティストを沢山見つけられるようになりました。そういう新しい出会いはいっぱいあったので、そこで知り合った人たちにも今後はリアルのTREKKIE TRAXのイベントに出演してもらったり、TREKKIE TRAXのフォーマットに乗せて曲をリリースしてもらうようなこともやっていきたいと思っています。
ーーCarpainterさんはVRChatでライブセットも披露されていますが、自分が出演するVRのワールドの世界観はライブセットにどのような影響を与えていますか?
Carpainter リアルでのライブセットをする場合は、実際に会場を見に行ってその場所の雰囲気にあったセットリストを組むようなことをしているのですが、VRでも同じようにそういった感じでセットリストを組んでいます。
VRだと基本的に会場のリソース自体も制限がなく、本当に何でも出来てしまうので、いつかベルリンのラブパレードのようにワールド内に街を作って、そこをみんなで回遊していくようなライブをやってみたいと思っています。
ただ、VRChatは現状、1つのワールドに入れる人数が80人くらいに制限されているので、いくら無限に何でも作れるからといって、だだっ広い空間を作ってしまうとみんなが離れなばれになってしまい、参加者の熱気のようなものが出づらくなってしまいます。VRクラブのオーナーさんたちによれば、そういう実際に作ってみないとわからないノウハウもあるそうなので、今後はその辺りのリアルな事情にも目を配りつつ、VRクラブならではのライブセットを考えていこうと思っています。
VRで広がるDJ・ライブ、音楽制作の可能性
ーーちなみに、どうすればVRChatでDJやライブを始められるのでしょうか?
futatsuki VRChatを気軽に楽しむだけだというのであれば、オールインワン型のVRデバイス「Oculus Quest 2」があれば、簡易版のQuest2限定ワールドにはアクセスできます。
しかしVRChatでVRクラブを訪れたりDJをするなど、本格的に始めたいのであれば、やはりそれなりのスペックのWindowsのゲーミングPCとVRデバイスが必要になります。クラウドゲーミングサービスを使って導入コストを抑えながら代用することもできますが、その場合ゲーミングPCと比較してスペックが劣ったり、クラウドなので通信の問題もあります。なので、やはり本格的に始めたい場合はゲーミングPCを導入するに越したことはないですね。
アバターに関しては、自作する以外にBOOTHのようなマーケットプレイスで販売されているものを購入するという方法もあります(注:自分で用意したアバターを使う場合にはVRChat上の信用ランクを上げる必要あり)。
DJプレイのやり方自体は、基本的にはDJ配信と同じなので、TwitchやTopazChatなどのライブストリーミングサービスを使ってVR上に自分の普段のDJプレイを配信するという人が多いです。上級者になるとフルトラッキングのデバイスを使って、全身の動きをアバターに反映させることでよりリアルなDJプレイをVRChat上で再現する人もいます。
ただ、注意したいのはライブストリーミングサービスから配信しているものをVRChat上に送っている関係上、リアルタイムでDJプレイする場合だと、実際に自分がプレイしている音がVRChat上に反映されるまでには大体1分くらいのタイムラグがあるということです。なので、タイムラグなくリアルタイムのオーディエンスの反応を知りたい場合は、自分もワールドに入っておいて、事前に録音しておいたDJミックスを配信するというのもひとつの手ですね。
Carpainter VRChatは、まだそんなに日本人ユーザーが多いわけではないのですが、このシーンのことを知ってほしいという人も多いため、最近ではVRChatの始め方やアバターのアップロード方法、VRDJのやり方などを解説する日本語のネット記事も増えています。そういう情報を参考にしながら、やり方を覚えていくのが良いと思いますね。
ーー最近ではVRシンセやDJツールも発表されているため、今後、メタバースの中ではライブ/DJだけでなく、音楽が作れる環境も拡大していくことが予想されますが、それについてはどう捉えていますか?
Carpainter 以前、VRの中で何か音楽を作れるツールやワールドがないか調べていた時にVRで再現したFMシンセサイザーを触れるワールドを見つけて、1時間ぐらい触り倒すようなことがありました。
僕が面白いと思ったのは、VRだとマシンパワーの問題はあるものの、基本的には無制限にシンセの数を増やしながら音楽制作できるところですね。もちろん、同じことはPCのソフトシンセでもできますが、その場合だと操作自体はマウスを使って操作することが多いと思います。でも、VRだとその場で自分の手を使って、ツマミを触るような感覚でシンセを操作できるので、実際の機材に近い感じがあるんです。そういうソフトシンセとはまた違う、よりフィジカルな感覚を突き詰めながら音楽を作っていくのは楽しそうなので、個人的にはかなりポジティブに捉えていますね。
Seimei 以前Boys Noizeにインタビューした時に(インタビュー|Boys NoizeがTREKKIE TRAXに語る、“想像を超える”音楽を作るためのこだわり | block.fm)、彼自身はPCの画面を見ながら音楽を作るのは、あまり得意ではないと言っていたことがすごく印象的でした。彼自身は、シンセやドラムマシンのようなハード機材と1対1で向き合いながら昔から曲作りをしてきたそうなんです。さっきの話のようにハード機材だと補完するにも場所の問題があるので、そういうタイプの人だと、自分が所有するVR音楽機材をVRの中に保管しておけば、その中でマシーン対人のような形で機材と向き合いながら音楽制作ができます。そういったこともVR音楽制作の有意義な部分ですよね。
Carpainter そこにいる人同士が同じ体験を同時に共有することができることを考えると、リアルだと物理的な場所やレイテンシーの問題で一緒に共作することが難しい場合でも、それに左右されることなく音楽をVR空間上で共作できるようになることには、ミュージシャン的にも需要があると思います。
Seimei 音の響き、空気の振動などを忠実に再現するという視点でメタバースに関わるデバイスを開発している人もいるはずです。VRChatのようなプラットフォームだけでなく、ハードの部分も同時に進化し、最終的にその2軸がひとつになれば、メタバースでのライブや音楽制作の可能性もより広がっていくと思います。
現段階でもK-POPグループのトラックをUKのプロデューサーが作っているように国境を超えた音楽制作が行われていますが、そういうことが近い将来、メタバースのスタジオの中で行われるようになるだろうし、そこで作られた曲がビルボードチャートで1位になるようなことだって考えられます。なので、音楽制作においてもメタバースには、そういったクリエイティブな可能性があると思っています。
取材・文:Jun Fukunaga
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2021.12.24)