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「音楽が社会と関わる」領域を拡げるために――サウンドデザイナー/テクノアーティスト・日山豪(AISO)インタビュー

世界最高峰のクラブ「Berghain(ベルグハイン)」への出演など、国内外で活躍してきたテクノアーティスト日山豪さん。カフェやホテルなどの商業施設に導入されている「“終わらない音楽”を構築し続ける」デバイス・AISOの企画開発を手がけるなど、サウンドデザイナーとしても活動しています。

そんな日山さんが、今年6月からサウンドデザイン領域の拡大をテーマとしたトークセッション「HEAR to LISTEN『サウンドデザイン 〜 音と社会の接点を探る』」をスタート。映画音楽・音響デザインにも携わる清水宏一さんを共同ファシリテーターとして迎え、様々な事例から具体的なサウンドデザインの手法について読み解いていきます。

7月6日に行われるセミナーの第2回では、実際にAISOの事例を通じて、「音楽だけでなく市場もつくる」ことをテーマにトークが行われるとのことです。

今回Soundmainではイベントに先駆け、日山さんとAISOプロジェクトマネージャーの津留正和さんにAISOを通じて行われている「音と社会の接点を拡大していく」取り組みについてお話を伺いました。記事を読んでより詳しいお話を聞きたい方は、ぜひイベントにも参加してみてはいかがでしょうか。

 音楽だけでなく市場もつくる

ーー「HEAR to LISTEN」の第2回のセミナーでは、「音楽だけでなく市場もつくる」というテーマを掲げられています。

日山 音楽クリエイター全員が必ずこういった視点を持つ必要があるとは思っていないんですけどね。僕に近い関心を持っている、自分の活動領域を広げたいと思っている音楽クリエイターさんを僕自身が探していることもあって、今回はこういったテーマにしました。

「こういったことが必要ですよ。皆さん、どうですか?」というよりも、「僕と同じ考えを持っている人、誰かいますか?」というニュアンスのほうがどちらかといえば強いんです。

ーーなるほど。では、日山さんの考える「市場もつくる」とはどういうことなのか、具体的に教えていただけますでしょうか?

日山 僕自身、テクノアーティストとして20年以上DJをしたり作品のリリースをしてきたわけですが、現状ミュージシャンが自分の表現でマネタイズするためには、人前で演奏するか、もしくは作品を作り、それを録音したものを販売するかの二択しか基本的にはないですよね。具体的に言うと、ミュージシャンがお金を稼ぐとなった場合、すぐに出てくるのは著作権使用料の話だと思います。

日山さんのDJアクトの様子@FREAKS VILLAGE 2011

もちろん自分のアーティストとしての経験からも、どのプラットフォームで自分が著作権を持つ楽曲が何回再生されたから、その分のお金がこれだけ手元に入ってくる、という話が大切なことはよくわかります。ただ僕としては、その仕組みをもっと手前から見直してみたいなと。著作権使用料以外に自分がこれまで培ってきた作曲スキルや実績を活かして、マネタイズできる方法があってもいいと思うんです。

マネタイズの選択肢を増やす……それは「社会と(自分の)音楽の接点を探る」ということであり、言い換えれば「市場もつくる」ということです。僕の場合は、サウンドデザインという考え方と出会い、自分のキャリアを活かすことができる方法を模索し始めたという経緯です。

ありがとうございます。ではそんな日山さんの思いが形になったものでもあるAISOについて、改めてSoundmain Blogの読者に向けて、どんなプロダクトなのか教えていただけますか。

津留 簡単に説明するとAISOは、“音のかけら”であるサンプルを使って「終わらない・ループしない」音楽を構築し続けるデバイスです。現在は日山と直接のつながりのあるアーティストの皆さんに直接お声かけし、AISOで使用するためのサンプルを制作していただいています。

自分たちでも面白いと思っている点は拡張性です。これまでにアーティスト作品として販売しているAISOはあくまでハードウェア製品なのですが、そのプログラムのみを抜き出して他のソフトウェアに組み込むことで、他のソフトウェアと連携させることもできます(例として、ホテルのVODシステムに組み込みを行ったことがあります)。またセンシング機能と組み合わせることで、天気のような外部条件をトリガーにして再生することもできます。

日山 僕自身にとっては、その「終わらない・ループしない」音楽が「社会にどういった影響や価値を与えるのか?」という実験的な側面と、それ自体にアーティストとしての作品性も持たせた、デザインとアートとしての側面の両輪で展開していきたいプロジェクトでもあります。

ーーAISOは音楽の「作り方、聴き方、在り方」を新たに提案することをコンセプトにしたデバイスとのことですが、具体的にこのコンセプトについて教えてもらえますか?

日山 通常、音楽を作るために使うDAWだと、時間軸が左から右に動いていきますよね。でも、AISOによる音楽の構築はその時間軸が崩壊しているような状況になるので、DAWとAISOでは音楽の「作り方」の部分で大きく異なります。

AISO用の音楽制作にも携わったKoji Nakamura, duennとAISOによる「ライブセッション」の様子

それによってミュージシャンの表現方法にも変化が生まれると考えていますし、そこで生まれた「終わらない音楽」が世の中に広がっていけば、音楽の「聴き方」自体にも影響を与えることもできると思っています。

「聴き方」の変化については、クライアントからの声で実感するところもあります。AISOには、アーティストとコラボして作品として販売するライン以外にオフィスや店舗向けにオーダーメイドのBGMとして作る企業向けに販売するラインがあるのですが、後者の場合……特に店舗向けのBGMでは「曲間でフッと空気感が変わるのが気にならない」「音楽プラットフォームのプレイリストのように、かけていてすぐ飽きてしまわない」といった声をいただくことが多いんです。新しい音楽はこうあるべき、というものではなく、「流し聞き」という選択肢があってもいいんじゃないかという提案の意味合いが強いです。

そして「在り方」については、ハードウェアを販売・設置する形を採っていること自体がそうですね。従来の音楽プラットフォームのように1曲いくらというのとは違った形で販売されることで、音楽の「在り方」自体も変わってくると考えています。

 「音楽の体験価値」を考える

ーーAISOの導入実績としてはどのような事例があるのでしょうか?

津留 都内のカフェや着物店などのほか、最近だと住友化学さんの共創スペース「SYNERGYCA」の施設内BGMとして導入してもらっています。

手仕事系の工芸品を取り扱う中川政七商店さんの店舗に導入していただいた際には、地方の職人が作業する音を中川政七商店の社員さんに録音してもらい、AISOの素材にするということをやりました。本当の意味でクライアントさんと一緒にAISOを作った事例ですね。

日山 熊本にある「THE BLOSSOM KUMAMOTO」というホテルのロビーと客室に導入していただいたAISOでも同じようなことをやっています。この時は熊本の観光地のいろいろな音を録音してきて、それをAISOの素材にしました。毎年新しい素材を追加していることもあって、今はホテルと一緒にAISOを育てようという感じになってきています。

それとこれはちょっと特殊な事例なんですけど、スピーカーと一体型のAISOの開発を進めていて、最近その試験販売が始まったところです。共同開発をしているコパックさんは、コロナ禍で増えた在宅ワーク向けに吸音パーテーションを開発されたんですが、自宅で使うと思っていた以上に静かすぎて逆に寂しくなるというお客さんの声があったとのことで。その課題解決としてAISOを導入したいと言ってもらえたことが、共同開発のきっかけになりました。

ーーAISOは、なぜハードウェアとして制作・販売することになったのでしょうか?

日山 たとえば、ミュージシャンが自分の音楽を表現したものをリスナーに届けることを考えた場合、レコードやカセット、CD、ストリーミングのように何らかの媒体に乗せてリスナーの手元に届けるという方法が一般的だと思います。その歴史を考えた時に思うのは、音楽の届け方はいつも利便性という尺度とともに発展してきたということです。

ただ、個人的にはそれが「“音楽にとって”良いことだったのか?」という疑問もあるんですよ。もちろんリスナーにとっては利便性が高いことは良いことですが、音楽を大切にするという意味では、ちょっと違うのかなとも思っていて。

たとえば、「素敵なバッグを買ったから大切に扱う」ということがあると思いますが、音楽についても同じことが言えるんじゃないか。少なくとも自分がレコードを買って音楽を聴いていた頃は、まだそんな感じが今よりもあった気がするんです。

ーーなるほど。とはいえ、AISOをハードウェア以外の方法でリリースしてほしいという声もあるのでは?

日山 正直なところ、AISO(のプログラム部分)をアプリ化してほしいという声は多いのですが、そこはいま言ったような考えがあるからこそ、あえて実現させていない部分があります。それよりも僕らはデバイスのスイッチを入れると筐体のファンが回り出して、音楽が優しく鳴り出すという体験価値を重視しているし、そういう体験価値があることで、AISOとそこから生まれる音楽を大切にしてもらえると思っていて。そして、結果的にそういう形で音楽を大切にしてもらえることが、その音楽を作ったミュージシャンにとっても良いことなんじゃないかと考えています。

ーー音楽を聴くことでどんな体験をリスナーに提供できるかまでを考えることが大切だと。

日山 そうですね。音楽をちゃんとリリースするのであれば、やっぱり作ったらそこで終わりというのではなく、それがどこで販売されて、どういう風にリスナーに届いて、どんな風に楽しんでもらえるかまでをきちんと考えるべきだと思っています。そうすることで音楽の体験価値が生まれますし、ひいては音楽自体の価値も上がるはずです。

それがプロダクトなのか、UIなのか、はたまたUXなのかは人によって変わってくるとは思いますが、自分の作品をリリースする以外にもミュージシャンが関与できるサウンドの領域は多い気がしています。

僕が以前サウンドデザイナーとしてエレベーターの音を作った時に、ミュージシャンの知り合いから「なんでそんな仕事が来るの?」と聞かれることが結構ありました。それで質問してきたミュージシャンたちに話を聞いてみると、みんなそういう仕事自体には興味があるみたいなんですね。ただ、自分の作品を重要視したり、アーティストとしての見え方などもあって、依頼があればやりたいけど、意外と自分からは手を挙げづらいのだと。

とはいえ、本人たちがそう思っているのであれば、手を挙げないのはもったいない。だからこそまずはAISOで実績を作ってもらって、そういう仕事との接点を作ることができたらと思っています。多くのミュージシャンを巻き込んでそういう声を上げていけたらと思っていますし、それにつながる何かをAISOを通じて探しているという感じですね。

今回のイベントに先駆けて行われたオンライントーク。
日山さんが「サウンドデザイン」という考え方に出会った経緯も詳しく語られている。

音と社会の接点を探る

ーー聞けば聞くほど類を見ない発想と感じますが、そんな日山さんから見て現在、音楽の分野で関心のある技術領域や具体的なサービス・プラットフォームはありますか?

日山 個人的にはBandcampとAudiostockの今後の動向が気になります。たとえば、Bandcampでは販売価格を0円にして、その代わりに投げ銭でユーザーにその価値を決めてもらうシステムがありますし、Audiostockではナカコー(Koji Nakamura)さんのように有名ミュージシャンも商用利用できる効果音を販売していたりするので、ある意味で登録している音楽クリエイターとの距離感がすごく近い気がします。

そもそもプロのミュージシャンが自分の音楽を0円から販売していることや、有名ミュージシャンが商用利用できる効果音を自分で作って販売していること自体がすごいことだと思うんです。そういったことができるプラットフォームと音楽クリエイターとの距離感が今後どう変化していくかには注目しています。

また、今後自分の音楽の著作権を放棄して、それを別の人がNFTオークションで買い取るようなケースがこの先もっと増えていくと、ある程度販売価格の相場が決まっている音楽販売サービスはかなり揺れ動くことになるはずです。その意味でこの市場の動向にも注目していきたいです。

いま、iTunesのような従来の音楽販売サイトでは、楽曲の作り手であるアーティストの知名度に関係なく、そこで販売される1曲の値段の相場は決まっていますよね。それがバンクシーの絵画やNFTアートのように、数億円で売れるようなことになるのか。

先に言ったように、今は0円で音楽が販売されていたり、サブスクで無料で聴けるのが当たり前の時代で、こうした動きはそれとは真逆とも言えます。

歴史を振り返ってみると、音楽の値付けの文化は、その時々の販売プラットフォームに合わせて変わってきました。マネタイズの方法が多様化してきたとはいえ、楽曲の金銭的な価値はずっと不安定なままなんです。僕自身はそういう不安定さに怖さも感じますし、音楽で生計を立てていくというのであれば、そこにもっと向き合う必要があると思います。常に「その値付けの文化が絶対ではない」という視点で各プラットフォームを見ておくことも大事だと思います。

ーー最近、SoudmainではWebブラウザから利用できるDAWの提供を開始しました。こういったプロダクトについてはどう思いますか?

日山 実は以前から、SoundmainさんのDAWには注目していました。というのも、僕がどこかでライブをすることになった場合、DJミキサーやCDJは借りることはできても、自分が使っているプラグインが入ってないからPCだけは借りることができないんです。

なので、オンラインで使えるプラグインがあればいいなという話は、以前から音楽仲間とずっとしていて。SoundmainさんのDAWのことを知った時、ようやくそれに近いものが出てきたなと思いました。

やっぱり海外にライブをしに行く時は、PCの持ち歩きの手間がないオンラインのDAWは便利だし、そういったものを求めている人は僕以外にもたくさんいると思います。個人的には多くの人に利用される可能性があると思っていますし、AISOチームとしてもすごく注目しています。

ーー今後、音と社会の接点を拡大していく上でどんなことに挑戦していきたいですか?

日山 僕としては、今後も街中にある音に関係するものだったり、既にあるプロダクションをミュージシャンとして見た上で、サウンドデザインをベースにおきながら捉え直していきたいなと思っています。

具体的に言えば、今、音が鳴る「モノヲト」というカップを陶芸家の方と一緒に作っているのですが、これも僕の中では「音と社会の接点」と言えるものなんですよね。

「モノヲト」プロモーションムービー

サウンドデザインと言ってもピンとくる人はそんなに多くないと思いますが、こういった日常的に使うカップに音がフッと入り込むことで、日々の暮らしがちょっと楽しくなる。そういうところまでサウンドデザインというのものが介入していけるようにしたいと考えています。

あとは、公共空間のサウンドデザインにも関心がありますね。美術館や図書館などで流れている既存のBGMが適切ではないという声が結構あるとリサーチを進める中でわかってきたのですが、僕らからすると「そこにサウンドデザインが入っていく余地があるな」と。ただ邪魔にならないというだけでなく、絵を見たり、本を読むという体験の価値をサウンドによってより高めていくことにも挑戦していきたいです。

ーー最後にイベント「HEAR to LISTEN『サウンドデザイン ~ 音と社会の接点を探る』」の見どころを改めて教えてください。

日山 イベントは、今日お話ししたような考えを直接みなさんにお伝えする機会を持ちたいと思い企画したものです。6月に開催した第1回では「そこまで話してもいいの?」と参加者の方に言われるくらい、僕が思うサウンドデザインについて、赤裸々に話させていただきました。第1回もアーカイブ配信がありますし、今後のセミナーで僕の考えに共感できるという人が見つかれば、ぜひ繋がりたいと思っています。ぜひご参加いただけると嬉しいです。

取材・文:Jun Fukunaga

*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2022.07.04)