2018年6月に起きた「This is Japan」という名の狂騒劇
ええ、時刻は現在6/6の午前1時15分を回ったあたり、これから出来ることならサクッと6/5、朝からネットで大注目というか大炎上したドナルド・グロヴァーことChildish Gambino(チャイルディッシュ・ガンビーノ)の衝撃作MV「This is America」のパロディー作「This is Japan」が期せずして巻き起こしてしまった狂騒劇を振り返ってみたいなと思います。
Childish Gambinoによる本家「This is America」とパロディー作
まず、本家の「This is America」がアメリカにおける黒人社会の無残とも言える現状を「ブラック・ライヴズ・マター (Black Lives Matter)」運動なる社会的なムーブメントを絡めて表現したことで、当事国のアメリカは元より、Childish Gambinoの盟友でもある日本人映像作家のヒロ・ムライが映像化したMVは、その衝撃的な映像が話題になり、世界中で注目の的になりました。
もちろん、ここ日本でも当初は音楽好きを中心に話題になりましたが、その後、歌詞解説サイトのGeniusでもそこに掲載された解説職人の考察目当てに沢山の人間が殺到したり、たった1週間足らずでYouTubeの再生回数が1億回を突破、さらにこれまで長い間、全米ヒットチャートのBillboardシングルチャートの1位を独占してきたDrakeを退け、1位の座を獲得するなど、とにかくバズりにバズって記録的なヒット曲になったわけです。
またその衝撃的な内容のため、数多くの考察が各種メディアで行われたことや、先述のヒットによる話題性も相まって、ハフポストの日本版が英文記事の日本語訳を公開したことなどもあり、我々日本人でも英語がわからなくても比較的容易になぜ、この曲がバズっているのかが理解できるようになりました。
私個人としましては、元々、Childish Gambinoのアルバム『Awaken, My Love!』に収録されていた「Red bone」が好きすぎて、彼の新曲が公開されたという英文の音楽ニュースで知り、はてさて、今回はどんな曲なのかと思い、確認してみたところ、陽気な音楽で始まったと思ったらいきなり衝撃の銃殺シーンなどがあり、なんだこりゃ!! と驚き、色々調べることを決意。
そういうわけで案の定、調べだしてみたら、とにかくドープな内容で、正直なところ、これまでアメリカの黒人社会とかその問題についてリテラシーが高くなかった私にとっては、大いにそのことにも興味関心を持つきっかけになりました。
ディスりにディスられた「This Is America: Women's Edit」
そして、本家「This is America」公開後、ひとしきり世界中でバズったのちに「This Is America: Women's Edit」なる女性版パロディーが登場。しかしながら内容が全く本家の文脈を理解していないということで、大炎上。英文音楽メディアはもちろん、多数の英語圏の有名メディアでも取り上げられ、物議を醸しました。
まあ、この時点でパロディー作は大量にネット上には存在したのですが、とにかくこれが1番ディスられたオマージュだという印象があります。ただ、これに関しては本家と比べるとあまり日本では話題にならなかった感が否めません。
本家以上にゲトーでハーコー「This is Nigeria」
そして、それもあまり話題にならなくなったタイミングで、Falzというナイジェリアの人気ラッパーが、本家以上にゲトーでハーコーな「この国にいる人間は誰もが犯罪者」というドチャクソパンチラインなリリックを含む「This is Nigeria」を公開。その内容が「This Is America: Women's Edit」に反して、しっかりと本家に通じるものがあると評価され、一部で話題になりました。ぶっちゃけ、それを観た私も、これはすごいと唸ったくらい。
「This is Japan」初見の感想は「内容がないよう」
とまあ、そんな「This is America」に関する情報というか、「This is Japan」の前フリとなる出来事を知っていた私が実際にそれを観た初見の感想は正直なところ、「内容がないよう」状態。(現在、オリジナル動画はネット上から削除されている模様)
というのもトピックとして取り上げられているのが、「インスタ映え」とか「スタバでストーリーアップ」、「外でケーキを食べる」とかに終始していたため、少なくとも私にとっては「内容薄いな、オリジナルの文脈理解していないな」という印象でした。
日本という国の社会風刺論
ちなみにこの動画の最後の方に出てくるある意味、無駄にかっこいいダンスは、国内オンラインダンスメディアDewsによると
“海外バトルにおいて数々のタイトルを獲得し、日本を代表する若きカリスマハウスダンサーが集ったダンスクルーAlaventa”
によるものだそうです。しかしながら、そのダンスが終わった部分あたりで、ふと冷静になって、「そうか、こういう一見内容がない、本家の文脈を理解していないともとれる感じこそが、1周回って、日本という国の社会風刺なんだな」というある意味邪推的な考えに至りました。
変な話、「This is Japan」の作者の意図はよくわからないのですが、例えば、本家でもChildish Gambinoが踊るダンスは、今のアメリカの若者たちの間で流行っているダンスであり、彼らはそういうものについてはInstagramとかネットで熱心にチェックするのに、黒人がヘイトクライムによって銃殺されている事実には関心を持たない。それを社会風刺したものだという考察があるくらいだから、このバージョンでもそういうことなんのかなとちょっと思ってしまいました。
批判と冷笑
ただ「This is Japan」に寄せられている批判の多くは、本家の文脈を理解せず、日本が抱える社会問題を取り上げていないというものです。
その取り上げるべきとされた社会問題の例を挙げると某社の某有名カリスマサラリーマンの発言にもあったように最近、再びネットを賑わせた過労死問題(再び賑わせたというと語弊はありますが、ここではネット上での注目度という意味で”ネットを賑わせた”とさせていただきます)は、やはり日本社会が抱える社会問題ですし、セクハラ、モリカケ、消費税増税、年金、出生率の低下、収入格差、原発、さらにはヘイトクライム、憲法改正、高プロなんかもそうでしょう。そして、もっと言えば、山口メンバー系の芸能人セクハラなど不祥事全般とその世間の対応とかも含まれるでしょう。(まだまだありますが、とりあえずここではこれくらいで。それにしても日本が抱える問題の多いことよ。)
そのため、社会問題にも音楽にもリテラシーが高いハイヴリッドなセンスの持ち主たちは、そういったことを取り上げず「インスタ映えとは何事か! けしからん」と怒りの声をあげずにはいられなかったようです。
そして、次に多かったのは、そういった問題を取り上げないこと自体が日本っぽいという意見。「本家の文脈を理解せずに表面の上澄みだけすくってみました」的な仕上がりこそが皮肉にも社会風刺であり、それこそが日本を物語っている、そして、ネットでそういうことが延々物議を醸し、それぞれの正義が振りかざされること自体もまた日本っぽいというような冷笑的な意見だったりするわけです。かくいう私も先述のとおり、1周回って社会風刺に繋がっているという印象を受けたことは事実です。
予備知識があると邪推が捗る「This is Japan」
でもですね、そういった日本が抱える問題に全く目を向けずに「インスタ映え」とかトレンド関連ワードを連投してくる部分は、冷静になってよくよく考えてみると、本家の「黒人社会が抱える問題に目を向けずに流行りのダンスに夢中になっている若者たち」という考察にも通じるところがあると思えるため、回り回ってやっぱそうなんじゃ…と考えさせられる部分でもあります。
これに関しては完全に邪推で作り手側にそこまでの意図があったか、なかったかについては私は知る由もないので、断定はできません。しかし、見方を変えるというか、ある程度本家のことについて知識があれば、こういった人間の想像力をフルに発揮した考察的意見も生まれてくるわけです。
正直な話、本家の理解度とかは人ぞれぞれだと思いますし、ただ目に付くからディスってみたという人も少なからずいることでしょう。でも、それは匿名性の高いTwitterだと”あるある”レベルなので、そこに関しては個人の自由だと思います。
ただ、私としてはこういった知識を幸か不幸か持ってしまい、さらに本家越えレベルのハーコーな「This is Nigeria」まで観ていただけに「どうせやるならもっと日本が抱える社会問題をバッサ、バッサと斬って欲しかったなぁ」というのも本音ではあります。
ですので、リテラシーの高い人が批判的な意見をネットに投稿する気持ちはもちろんよくわかります。
ただ、そういう人が「This is Japan」をディスるのはもちろん自由だと思いますが、その代わり、ちゃんと大雨の日でも選挙に行ったり、選挙に行かないという人を見つけたら投票するよう促してほしいですし、政府による不正を感じたらデモに参加して自分たちが所属する社会を少しでもマシにするための努力もしっかりとしてほしいと思います。
また一方で一歩下がって冷笑的な意見を持つ人のことも理解できます。そのスタンスを思わずとってしまいたくなるような”狂気めいたコメディ”だと言えるような事象はネット世界を含むこの世の中には多々あり、それは紛れもない事実でしょう。
モノの見方、考え方は人の数だけあるのでそこから生まれてくる考察、意見も様々。かくいう私も誰得かもわからない持論をここまで長々と書いてネット上に公開する”自由”を享受している身であることを幸運に思っていたりもするわけです。(先週末ネットが規制されている中国にいたのでその思いはひとしお)。
「本家を観て何かを感じ取った人がこの国でも多かった」という意見
ただ、希望があるというか、この狂騒劇に関するポジティヴな部分としてネットにある意見の中で1番賛同したいなと思ったのは、"「This is America」を観て何かを感じ取った人がこの国でも多かったことが1番の収穫だ" 的な意見です。少なくとも私は何かを感じ取った口なので、こうして思うままに文章を書いています。
今回の「This is Japan」は、結果的にはちょっとしたネット上に咲いた一輪の徒花になってしまったと思います。それが最終的には私の感想かなと。サクッとどころではなく、長々とした文章になりましたが、以上、お後がよろしいようで。
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Top Image via Childish Gambino Vevo
Source: Dews