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SNSで話題のビジュアル楽器「touch:waves」を生んだRolandの“部活”・R-MONO Labにインタビュー!

「TR-808」「TR-909」「TB-303」など、現代の音楽制作において欠かすことのできない数々のリズムマシンやシンセサイザーをこれまでに多くの音楽クリエイターに提供してきた楽器メーカーRoland。

そんな同社には実は、本業とは関係なく個人でユニークなプロダクトを開発する社員が集まった「R-MONO Lab」という社内サークルが存在することをご存知でしょうか?

モノづくり同好会である「R-MONO Lab」では、これまでに「Maker Faire」への出展を始め、モノづくり関連の展示イベントに参加するほか、近年は子供たちにモノづくりや楽器演奏の楽しさを伝えることを目的にしたワークショップを行っています。

今年10月に発表された最新プロダクト「touch:waves」は、スマホの画面にタッチするだけで演奏と映像が同時に楽しめる無料音楽アプリ。発表されるや否やSNSで多くの反響を呼びました。

「未来の楽器」として音楽クリエイターにも大きなインスピレーションを与えてくれそうな同製品。それを生み出した背景を探るべく、今回Soundmainでは、R-MONO Labの活動や話題のtouch:wavesについて、R-MONO Labの代表を務める山本敬之さんとtouch:wavesの開発者である渡邊正和さん、楠元佳紀さんの3人にお話をうかがいました。

R-MONO Labの活動について

 

 

ーーR-MONO Labは、Rolandの社内サークルのひとつであるモノ作り同好会で、“部活”的なものとのことですが、どういった経緯で設立されたのでしょうか?

山本 電子工作や木工工作など分野を特定せず、「作りたいものを作る」をモットーに2014年に設立しました。部員は現在、20名ほどです。ただ、部活あるあるで半分ぐらいは幽霊部員で、弊社の社長も幽霊部員の1人として所属しています(笑)。

R-MONO Labを始めたきっかけは、“Makerムーブメント(デジタルファイルやCADや3Dプリンターなどを使うデジタル技術を用いたモノづくりの潮流)”の影響ですね。3DプリンターやRaspberry Piが登場したことで、それまでなら数千万円かけないと作ることができなかったような工業製品が、個人でも数万円程度で開発できる時代になりました。そういったモノづくりに関するムーブメントが当時、海外で流行していることを耳にしていましたし、個人で作ったものであっても、今はSNS、ブログで気軽に宣伝できるほか、資金がなくてもクラウドファンディングで調達できる状況ということもあって、部活発足の前から趣味でプロダクト制作をしていた社員が数名いたんです。

それで本業とは関係なく、4人ほどでユニットを組んで、MIDIコントローラーなど、自分たちで勝手に作ったりしていた社員もいたのですが、よく考えると弊社には工作室があり、切削機、3Dプリンターのような機材もある。会社公認の部活にしてしまえば、そういった機材も公式に自由に使える上、自分たちの活動費の一部を福利厚生費から補助してもらえるし、モノづくりをしている社員同士が交流できる場にもなる。そういった流れで、正式な社内サークルとしてR-MONO Labを設立しました。

ーーR-MONO Labではこれまでにどのようなプロダクトを制作されてきたのでしょうか?

山本 5年間で約45のプロダクトを発表してきました。電子制御することでDAWやシーケンサーによる自動演奏をできるリコーダー・パイプオルガン「RP-103」、イワヤ株式会社の「こぐまのトンピー」をリズムマシンに改造したくま型リズムマシンの「TP-808」、鍵盤を弾くとMIDIで制御されたソレノイドが水滴を落として、その水滴に同期してサウンドと映像がリアルタイムに生成される水滴ドロップ「WATER MIDI」といったものがあります。

その中には、ハイレゾ(24bit/96kHz)、6音ポリフォニックのシンセサイザーで、「シンセ仙人シンセ S³-6R」というものがあるのですが、これはSNSでもたびたび話題になるプロダクトですね。「S³-6R」の特徴は、とにかく音がとてもいいということと、ものすごく変わった波形を作り出せるので、他にはない個性的な音を鳴らすことができるということです。今のところ、製品化の予定はありせんが、ミュージシャン、作曲家の方からの製品化を求める声も少なくありません。

ーーR-MONO Labの活動は本業にどのように活かされていると思いますか?

山本 基本的に企業には、「社会にとって役に立つもの」を提供していくことが求められていますよね。そこにRolandの場合であれば、音楽や映像に関連したプロダクトを提供することで世界中の人々をワクワクさせることがミッションに加わります。

一方、僕たちがやりたいこと、できることはというと、例えば、先ほどご紹介させていただいたようなプロダクトのように、本業で開発する製品と比べて、一見世の中の役に立たないものなんです。

でも、我々のモノづくりの世界では本来、「それが何の役に立つの?」「買った方が早くない?」という質問は禁句なのです。趣味的とも言える、僕ら自身がワクワクできることの領域が広がっていけば、世の中に対して作り出せるワクワクも増えていきますし、ひいてはそれが本業でのイノベーションにつながり、世の中に役立つソリューションになるかもしれない。そういう想いでR-MONO Labは活動しています。

SNSで話題になったビジュアル楽器「touch:waves」について

ーー最近、新たに画面にタッチするだけで演奏と映像が同時に楽しめる音楽アプリ「touch:waves」を公開されました。このアプリの仕組みを簡単に教えていただけますか?

渡邊 touch:wavesは、アニメーションと音楽で遊ぶウェブ上のツールキット「Patatap」にインスパイアされた、スマホで動く無料のウェブアプリです。所定のURLにアクセスするとスマホのスクリーン上に再生ボタンが出てくるので、それを押すとリズムトラックが再生されます。

アプリのスクリーンは27個のボタンに分割されていて、そのうちの26個にそれぞれ音と映像を割り当てています。そのボタンをタップするとサンプルがトリガーされ、音の波形が映像として表示され、サンプルの音が鳴るという仕組みです。それとスクリーン右下にある27個目のボタンは、全部で4パターンあるバックトラックのバリエーションを切り替えるボタンになっています。

また、touch:wavesは、基本的にはスマホ用ですが、実はパソコンのブラウザでも使える仕組みになっています。その場合は各音ネタ/映像ネタのボタンは、キーボードのA〜Zに割り当てられているので、キーボードを押すことでスマホをタップするのと同じようにトリガーできます。ただ、スマホで画面をドラッグして行うフィルターやロールのような操作には対応していません。

ーーtouch:wavesで演奏とVJ的な映像表現を同時に楽しめるようにしたのは、どのような理由からなのでしょうか?

渡邊 僕と楠元さんは普段から「ksmt x sascacci」というユニットを組んで、メディアアート、オーディオビジュアルの文脈でライブ活動をしているのですが、コロナ禍の影響でリアルでのライブ活動も難しくなってしまいました。それで何度か配信ライブをしてみたのですが、そういった活動も一通りやってみたので、「次はもうちょっと何か新しい表現できないかな?」と考えていたんです。それでPatatapのような、音と映像を同時に楽しめるようなアプリを自分でも作れたらと思い、音の素材作りを楠元さんにお願いして、映像とプログラミングを僕が担当する形でtouch:wavesの制作を始めました。

ーー制作にあたり苦労したのはどのような点でしょうか?

渡邊 制作期間は大体3ヶ月ほどでしたが、適当にサンプルを鳴らしても、リズムトラックのテンポに合うようにクオンタイズすることには苦労しました。それとtouch:wavesには低音域のベースの音なんかも入っているのですが、そういう音でもちゃんとスマホのスピーカーでもちゃんと聴こえるようにチューニングしています。

楠元 音作りに関しては、Rolandのソフトシンセ「ZENOLOGY」などを使って行いましたが、どうサンプルをタップしても、うまく音楽として成り立つ、かつ、飽きがこないようにシンプルな音になることを心がけて作りました。実際の作業では、2人でサンプルをタップしながら、作った音を色々試しつつ、それを画面のどこに配置するか話し合いながら、本採用するサンプルを決めていった感じです。なので、実は没になったサンプルも結構あります(笑)。

渡邊 楠元さんに音ネタをとりあえず26個分作ってもらって、それ並べてみて、サンプルをトリガーできる仕組みを作った上で、音のイメージに合う映像を当てつつ、微調整していきました。

ユーザーがライブでtouch:wavesを使ったり、演奏の様子をSNSに投稿したり、自分の曲作りで使ってみることはできるのでしょうか?

楠元 アプリの音を作った立場から言わせていただくと、確かに音自体は作りましたが、感覚としては僕たちがいつも本業でやっているような楽器を作るのと同じイメージなんです。だから、皆さんには楽器として捉えてもらい、自由に使っていただきたいですね。もちろん、SNSで演奏する様子を公開していただくのも大歓迎ですし、僕らとしても自分たちが想像もしていなかったtouch:wavesの使い方が見られるのを楽しみにしています。

ーーtouch:wavesはSNSでの反応も上々ですが、使ってみたユーザーからアップデートを求める声も見受けられます。今後、アップデートの予定はあるのでしょうか?

渡邊 そうですね。アップデートに関しては、何かしらやっていきたいと思っているので、内容については今、検討しているところです。なので、現段階では具体的にどんなアップデートになるかというのは、お答えできないのですが、音ネタのバリエーションを増やすことは定期的にやっていきたいなと思っています。

それとtouch:wavesの1番のウリは手軽に使えるところなので、アップデートによって、UIが複雑になってしまうと本末転倒だし、手軽に使えるというところはキープしつつ、できるところで工夫していきたいなと思っています。

UIの視認性など、視覚的な要素と音楽制作との関係を、開発者でありライブ活動もされている視点からどのように捉えていますか?

楠元 例えば、touch:wavesでどんな音楽でも音楽として成立させられるかというと、実はそう簡単ではなく、今回の音のアセットに関しては、普段自分たちがやっているエレクトロニカのような、自分が持っている得意ネタを使ってみたという感じなんです。こういう音楽は他のジャンルの音楽のようにコード進行がなくても成立するので、touch:wavesのように音の素材を視覚的に組み合わせて延々聴かせるようなものとは相性がすごく良かったと思っています。

渡邊 その意味では僕らが思ってもみなかった使い方をしてほしいというのは、まさにそこの部分にも関わってきますね。

楠元 それとビジュアルとの関連という意味では、もし、touch:wavesで音と連動した映像が表示されなかったら、きっとみんなすぐに飽きてしまうと思います。touch:wavesは音にマッチした映像が表示されることで、自分が演奏したものが音とビジュアルでちゃんと体験としてフィードバックされますが、そういった単に演奏するだけでなく、リッチな体験ができることは使う側にとってもすごく大事なことだと思っています。

渡邊 touch:wavesの映像は、マルチタッチにも対応しているので、例えば、和音で弾けば、またちょっと違うビジュアルが表示されます。先ほども言ったようにtouch:wavesの映像はリアルタイムで音に合わせて変化していくのですが、もし、そういったインタラクティブな要素がなければ、やっぱりつまらないものになっていたかもしれませんね。

ーーR-MONO Labとして、今後はどのような活動を行っていく予定でしょうか?

山本 Rolandには「創造の喜びを世界に広めよう」という創業時から続くスローガンがありますが、これはクリエイティブの喜びを世界に広げていくということを意味します。

例えば音楽を楽しむ場合、「作る側・演奏する側」と「聴く側」に分かれますが、僕らの本業でも部活でも一貫して思っていることは、モノを作ったり、音を奏でるようなクリエイティブな体験をもっと多くの人に楽しんでもらいたいということです。 そういう想いもあって、R-MONO Labでは、子供向けにモノを作る喜びと楽器を演奏する楽しさ、それと楽器の仕組みを教えるようなワークショップをこれまでに浜松や豊橋で行ってきました。

ワークショップの様子。

今、このワークショップを全国展開してみないかとの声をかけていただいたりもしているのですが、僕らとしても世の中にクリエイターを増やしていきたいので、今後はこういった活動を通じて、未来のクリエイターである子供たちにワクワクできるクリエイティブな体験やその作り方を伝えていくワークショップ活動にも力を入れていきたいと思っています。

取材・文:Jun Fukunaga