近年、音楽クリエイターの間でモジュラーシンセ人気が高まると同時に、ハードのシンセやシーケンサー/サンプラー、ドラムマシンを使って行うマシンライブにもにわかに注目が集まっています。
DJセットとライブの両方を行き来しながら日本のエレクトロニック・ミュージックシーンを牽引してきた80kidzのJUNさんも実は、ソロやモジュラーシンセプレイヤー集団・Patching for lifeのメンバーとして、マシンライブに取り組んでいる1人。
今回はそんなJUNさんにマシンライブを始めるきっかけやその魅力を始め、普段のライブでのセットアップやソフトシンセとはまた違ったハード機材を使った音作りの楽しさ、ソフトシンセとの使い分け方などについて、お話を伺いました。
「トラブルも面白い」スリリングなマシンライブの魅力
ーー80kidzとして確固たるキャリアを築かれてきたJUNさんが、新たにマシンライブに取り組むようになったきっかけは何だったのでしょう?
以前の80Kidzのライブでは生演奏のドラムやベース、ギターの音を使いながらも、オケ自体はAbleton Liveであらかじめシーケンスを組んだものを使うことがほとんどでした。ただ、それだとどうしてもそのシーケンスに沿った形でしかライブができないため、何か別の形でライブをする方法を模索していたんです。
それと僕らは普段からDJセットもやっているのですが、最近はCDJやPCDJの機材がすごく進化したこともあって、DJのキャリアやスキルに関係なく、誰でもミスのないDJができるようになっていることに対しても思うところがありました。
自分がDJを始めた頃にやっていたレコードのDJだとどんなにDJが上手い人であっても時にはテンポがズレたり、針が飛んで音が出なくなるようなことがあった。個人的にはそういったある種のスリリングさもDJの面白さだと思っているのですが、それが起きにくくなったことに対して、どこか自分にとってのDJの面白さとのズレを感じていたんです。
マシンライブの場合は、ライブ中に使っている機材のうちのひとつにトラブルが起きれば、その時点でブレが出るというか、自分が考えていたライブ構成とは全く違うものになるようなことがあります。そういったトラブルは初心者に限らず、どんなにライブ慣れした人でも起こり得ることだし、そういうスリリングな部分やそれをどうやって乗り越えていくかということに関しては、自分が思うDJの面白さにも通じるところがある。
そういったことが重なって、以前からクラブイベントでDJとマシンライブを融合したパフォーマンスができたら面白いと思っていたのが、マシンライブを始めるきっかけになりましたね。
ーーいつもどんなセットアップでマシンライブをされているのでしょうか?
まず、モジュラーシンセは、フィルター、オシレーター、エンベロープ、VCAが合体したそれだけで音が出るシンセボイスと呼ばれるモジュールを3台ほどユーロラックに入れて使っています。普通はオシレーターはオシレーター、エンベロープはエンベロープという感じでそれぞれ用意するのですが、そうしてしまうと結構スペースを取られてしまうのでモジュールに関してはコンパクトにまとめるようにしています。あとは「TR-8」のようなドラムマシンやElektronのシーケンサー/サンプラー「Octatrack」か「Digitakt」のどちらかを使っています。
ライブではいつもシーケンサー/サンプラーで曲としてのベーシックなシーケンスを流しておいて、そこにモジュラーシンセで作ったシンセベースやウワ音を加えます。それとドラム系のモジュールで作るシンカッションと呼ばれるパーカッションの音が好きなので、そういう音を入れることもありますね。
ーー近年はマシンライブ界隈のイベントにも出演されていますが、最近のこのシーンの動きをどう見ていますか?
マシンライブやモジュラーシンセの世界は、本当に奥が深くて。僕が知っている範囲はまだまだ限られていますが……ここ最近は元々ダンスミュージック系のDJだった人がマシンライブを始めるケースが増えているように思います。そういう人はさっき言ったように、僕と同じで最近のミスが起こり得ないDJに対して、少し退屈さを感じているというか、以前のDJにあったスリリングさを求めてマシンライブをやっているような感じがします。
それと最近はAbelton LiveにもCVコントロール機能が搭載されるなど、以前よりもモジュラーシンセを扱いやすい環境になってきました。曲の全部をモジュラーシンセで作るとまではいかなくても、一部でモジュラーシンセを使う人は世界的に見ても増えているように思います。
モジュラーシンセにはランダムで音が出るようなものも多いので、使っていると普段、自分がDAWで打ち込みをする時の手癖から解放されるような感じがあります。そのランダム性に託しながら、どんなフレーズを選ぶかも自分のセンスが試される。そういう面白さもありますね。
ーー最近はマシンライブのイベントも以前より増えたように思います。
そうですね。以前と比べるとイベントの数自体は増えたように思います。マシンライブにはどちらかといえばマニアックなイメージがあると思いますが、今は若者の中でオタクっぽい文化がかっこいいという風潮があるせいか、最近は20代くらいの若い人でもマシンライブをやっている人を見かけるようになりました。
また、イベントに遊びに来ている人で言えば、昼間のイベントだと高校生もたまにいるし、徐々に若者の間にも広がってきているのかなという印象があります。
マシンライブ入門にはシミュレーターが最適?
ーーこれからマシンライブを始めたい人はまず最初にどんな機材を用意するべきでしょうか?
そもそも一口に「マシンライブ」と言っても、それが何か特定のジャンルというわけではないので、テクノでもアンビエントでも自分が好きな音楽をやっていいんです。だからまずは自分がやりたいジャンルを決めてから、音や機材の見かけなど自分がこだわりたいポイントを押さえたハード機材を何でもいいのでひとつ用意するところから始めるのが良いと思います。
ただ、あえて僕がやっているダンスミュージックを例にするのであれば、最初はドラムマシン、もしくは汎用性も高くて初心者でも比較的扱いやすいDigitaktがおすすめです。特にDigitaktはPCともUSBで連動させることができるので、DAWで編集したサンプルのトランスポートも楽にできます。それにプラグインとしても使えるし、オーディオインターフェース機能も付いているので流している音をそのままDAWに取り込むこともできます。
一方でDigitaktの場合は、サンプルのタイムストレッチをしてくれないので、自分がシーケンスを走らせたいBPMとサンプルループのBPMをあらかじめDAWで編集しておかないと使いづらいかもしれません。なので、DAWを使ったことがない人がいきなり使うとなるとちょっと扱いづらいかもしれませんね。
ーーJUNさんから見て、初心者がマシンライブを始める上で参考になるアーティストはいますか?
東京のシーンだとYebisu303さんですね。彼は色々なハード機材に対する知識も豊富だし、曲のバリエーションも完成度も高い。それと彼のYouTubeの番組も参考になると思います。
実は僕もマシンライブを始めたばかりの時にはYebisu303さんが出演するイベントに行ってみたり、そこで知り合いになってからも色々とマシンライブについて教えてもらったりとかなり参考にさせてもらいました。
ーーモジュラーシンセなどのハード機材を使った音作りにどういった魅力を感じていますか。
最近はソフトシンセでも良いものがたくさんリリースされているので、最終的にアウトプットされる音としては違いはそこまでわからないレベルになっていると思います。だから、ハードシンセでもソフトシンセでも好きな方を使えばいいという話にはなると思いますが、ハードシンセの場合は実際に機材を操作していく楽しさがありますし、音作りの理解という面でも知識が深まると思います。
やっぱりPC上でクリックやドラッグで操作するのと実際にモジュラーシンセのツマミを触って音作りをしていくのとでは、感覚的にも全然違いますね。
ハード機材はソフトシンセよりも機材を揃えるのにお金がかかるイメージがあります。特にモジュラーシンセはそんな印象が強く初心者がいきなり購入するのはハードルが高いと思いますが……
確かにモジュラーシンセはある程度の数を揃えようとすると結構なお金がかかってしまいます。なので僕の場合は最初は試しに「VCV Rack」という無料のモジュラーシンセシュミレーターを使ってみることにしました。
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ただ、使っていくうちに物足りなさを感じるようになってきたので、実機のモジュラーシンセを何個か買ってみたのですが、やっぱりシュミレーター上でパッチングしていくのと実機でルーティングを考えながら最終的にこういう音が出たらいいなと思いながらパッチングしていくのとでは操作感や自分が作業に没頭できる感覚や、楽しさも全く違いました。
ーーなるほど。まずはシミュレーターを触ることから始めると、より実機での音作りの楽しさがわかると。
そうですね。最近のバージョンだと元々入っているプリセットのモジュールも以前より増えているし、VCV Rackだけでもパッチングしながらの音作りの感覚は楽しめると思います。
ちなみに、シミュレーターを触ることにはソフトシンセの扱い方が上達するというメリットもあります。
僕自身、以前はLFOのツマミをアサインしながら内部ルーティングをパッチングするとかいったことの意味はあまりよくわかっていませんでした。でも、モジュラーシンセを経たことでそういった理解力も上がり、以前は適当に触っていたソフトシンセのパラメーターをいじる意味もわかるようになってきたんです。
ハードシンセを理解することでサウンド作りへの変化は?
ーーハードシンセでの音作りではいつもどんなところに気をつけていますか?
今のところ、80kidzの楽曲制作ではそこまでハードシンセは使っていないのですが、例えば「TB-303」の音であればリアルタイムでフィルターをイジっていくのが楽しいので実機の音を使うことがあります。とはいえ、あまり過剰にイジリすぎるのも違うと思うので、普段は2〜3テイク録音してみた中から一番良いテイクを選んでそれをDAWで編集していくことが多いですね。
それと「TR-909」のようなドラムマシンの音源に関しては、Ableton Liveにも内蔵されているので、あらかじめそっちでリズムパターンを打ち込んでおいて、その後で実機で同じリズムパターンを鳴らしながら試すこともあります。そうするのは必ずしも”実機の方が音が良い”わけではないからです。それと最近のAbleton Liveの内蔵音源の音はかなり良くなっているので最終的には両方を鳴らしながら比べてみて、その曲にハマる方の音を使っています。
ーーハードシンセとソフトシンセの使い分けの基準はあるのでしょうか。
リアルタイムで実機を動かしていくほうが、その時のテンション感が出るように思います。例えば、実機を鳴らしながら自分が気持ち良いところでハットの音をグイッと上げてみるとか、ディストーションをキックにかけて歪ませてみるとか、そういう遊び心が加わったノリを出したい時はハード機材の方が面白いですね。音楽制作している人の中には作っている途中で気持ち良くなっていく人も多いと思うので、そういうノリみたいなものも大事だと思っています。
ーーモジュラーシンセなどハード機材を使うようになってから、音楽制作の手法にも変化がありましたか?
さっきのTR-909の話と同じで、曲によってハード機材の音が合うものとソフトシンセの音の方が合うものがあるので、率直に言って変わったところもあれば、変わらないところもあるという感じです。
一時期は実機を使うという意識が強くなりすぎて、無理やりそういう音を入れようとしたこともありました。でも、今は「絶対に実機が正義」みたいなことはないので使えるところは使うような感じで都度精査しながら使い分けています。
ーー自作したTR-909やTB-303などの機材の制作記をnoteで公開されていますね。こうした自作の機材を使うようになったきっかけは何でしょうか。
自作できるDIYキット式のモジュラーシンセのほうが、機材を揃える際にかかるコストを抑えられると思ったからです。
実際、TB-303のオリジナル実機は今だと20〜30万円くらいしますが、そのクローン版のRE-303のDIYキットと部品であれば7〜8万円で揃えることができます。作っていくうちにどういう仕組みで音が出ているかなど、電子回路のこともなんとなくわかるようになる面白さもあって、今では壊れたときも自分で修理していますね。
ーーDIYシンセの情報をチェックする上でおすすめの場所はありますか?
海外のDIYシンセ愛好家が集まるフォーラムやFacebookのコミュニティページがおすすめです。DIYシンセの愛好家は世界単位で見るとたくさんいるし、そういうところでは愛好家同士の交流も生まれています。そこで繋がっていくとみんなが色々教えてくれるし、そのコミュニティが持つ、インディな雰囲気が楽しかったりもします。
ちなみに日本にもDIYシンセの愛好家が少なからずいて、そういう人たちが自作したDIYシンセの情報をnoteやブログで公開しています。自分のnoteの制作記も備忘録的な意味もありますが、それ以上にノウハウを共有することでDIYシンセを作りたい人の参考になればいいなという思いでやっています。
ーー最後に、Patching for lifeが運営する「P4L Store」で扱われている商品についても教えてください。
基本的に「P4L Store」では、僕が個人的に欲しいものを作って販売しています。例えば、DJで使う3バンドイコライザーをモジュール化したユーロラックモジュラーフォーマットの3バンドアイソレーターを販売していますが、これはネット上でロイヤリティフリーで公開されている回路を参考にしながらオリジナルで制作したものです。
それともうすぐドラムシンセのモジュールの販売も開始する予定です。3バンドアイソレーターに関しては受注生産で販売していましたが、これに関してはある程度の数を作る予定なのでドラムシンセ系のモジュールが欲しい人は是非、購入してもらえると嬉しいです。
取材・文:Jun Fukunaga
JUN (80KIDZ) プロフィール
2007年1月に80KIDZとしての活動を開始。以後、6枚のフル・アルバム、リミックス集やダンストラックEPシリーズ等コンスタントに作品をリリースし、フェスへの出演、様々なアーティストにリミックス提供、プロデュースを行い、ジャンルの垣根を越え活躍中。ライブではギター/ベース/シンセサイザー等、様々なパートを担当している。モジュラーシンセプレイヤー集団Patching for lifeの中心メンバーとしても活動中。
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2022.02.24)