イギリスでは現在、2010年代半ば以降、同国の音楽シーンを席巻したグライムリバイバルの人気がピークを迎え、それと入れ替わる形で新たに「UKドリル」と呼ばれるジャンルが台頭し、人気になっています。
昨年あたりからUKドリルを特集するメディアも増え、今年5月に行われた“イギリスのグラミー賞”と言われる音楽賞「Brit Awards」でもUKドリルアーティストがノミネートされるなど、今ではUKドリルは、ポップミュージックのひとつとして、同国の音楽ファンの間で認知されています。
UKドリルはイギリス発祥のヒップホップのサブジャンル
2012年(もしくは2014年)にサウスロンドンで誕生したと言われるUKドリルは、シカゴ発祥のヒップホップのサブジャンル「ドリル」とUKのギャングスタラップでDrakeとのコラボでも知られるGiggsに代表される「ロードラップ(00年代中期頃にサウスロンドンで誕生。犯罪、ギャング、暴力的なトピックを主としたリリックでUSのギャングスタラップの影響を受けている)」シーンの影響を受けた、イギリス発祥のヒップホップのサブジャンルです。
UKドリルは、ギャングスタラップ的なバイオレンスなリリックが多いことが特徴(特に初期)で、グライム、UKガレージや、ダンスホール、ジャングル、ドラムンベースなど、多くの音楽ジャンルの影響を受けていると言われています。
またトラックの特徴として、シカゴのドリルよりも早いテンポ(標準的なテンポとされるのがBPM140くらいでグライムの標準的なテンポと共通)、重たいキック、スライドベースと呼ばれるTR-808系の太いベースのピッチをスライドさせたベースライン、ダークなメロディー、グライムにも共通する早いテンポでパーカッション的に打たれるスネア、ハンドクラップなどが挙げられます。
MVではラッパーのフッド(地元)が舞台になることが多く、目出し帽を被った「モブ」「団地」「高級車」はUKドリルのMVでよく使われる映像のモチーフになっています。
そのような特徴を持つUKドリルは、誕生当初ギャングのメンバー、もしくは犯罪が日常化した荒れた地区の住人などが関わるアンダーグラウンドなジャンルでしたが、それを音楽的に磨き上げ、ジャンルとして確立したのがサウスロンドンのグループ「67」です。
2010年代半ば頃に67がリリースした「Lets Lurk」、「Take It There」といった曲は、UKドリルシーンの黎明期を代表する曲として、今ではUKドリルファンに認知されています。
シーンの“キング”Headie Oneを中心に今では様々な形のUKドリル曲が人気に
また、現在のUKドリルシーンでは、今年「Brit Awards」にもノミネートされたHeadie Oneがシーンを代表するアーティストして知られています。
Headie Oneは、昨年、デビューアルバム『Edna』をリリースし、UKアルバム・チャート初登場1位を獲得するなど、今では、UKドリルシーンの“キング”として、多大な影響力を持っています。UKドリルとも近しいグライムシーンのビッグスター、Stormzyともコラボするなど、シーンのキングにふさわしい活躍を続けています。
イギリスメディア「BBC」が毎年選出する注目の新人リストで、今年1位に選ばれた若手ラッパーのPa Salieuも70年代後半から80年代前半に活躍したイギリスのバンド、Japanの「Ghosts」をサンプリングした「Bang Out」というUKドリル曲でヒットを記録しています。
新たなスタイルのUKドリル曲では、Unknow Tが最近の新曲「Goodums」で見せた流麗なピアノスタイルも注目です。ビートのパターンは典型的なUKドリルのそれですが、ローズピアノを用いたジャジーなスタイルは、人気の拡大とともに多様化していく、UKドリルの今を感じる1曲になっています。
また、UKドリルもほかのジャンル同様、YouTubeの専門チャンネル、TwitterでのMV拡散、TikTokのダンス動画といったSNSでのバイラルヒットを起点に認知度や人気が拡大してきました。
最近でも若手ラッパーのKaedeの、日本語と英語でラップするハードなUKドリル曲「Blasian Baddie」がSNSで大きなバズになりました。
Pop SmokeやDrakeらラップスターによって、グローバルに人気が拡大
UKドリルの人気は今ではイギリス本国だけにとどまらず、インターネット経由で、ヒップホップの本場アメリカにも伝播しています。
ブルックリンのラッパーのPop Smokeは、UKドリルの影響を受けた「ブルックリン・ドリル」の第一人者として知られます。UKドリルのプロデューサーの808 Meloがプロデュースした「Dior」のヒットにより、彼は一躍有名になっただけでなく、同曲は、ブルックリン・ドリルを代表する1曲として、世界中のヒップホップファンから広く人気を集めました。
カナダ出身のラッパーで、世界の音楽シーンを牽引するヒットメイカーの1人であるDrakeも早くからUKドリルに関心を示していた1人です。
Drakeは、2018年にUKドリルスタイルのビートでフリースタイル「Behind Barz」を発表したほか、昨年は、UKドリルのプロデューサーのM1OnTheBeatによる「Only You Freestyle」をHeadie Oneとともに発表しています。
ほかにもUKドリルのプロデューサーのAXL Beatsによる「War」(2019年)や、ブルックリン・ドリル界隈のラッパー、Five ForeignとSosa Geekをフィーチャーした「Demons」という曲をリリースするなど、トレンドに敏感かつ、シーンへの多大な影響力を持つDrakeのフックアップは、UKドリルのグローバル化に大きく貢献したと言えます。
また、ヒップホップのシーンに根付いた“タイプビート”カルチャーもUKドリルのグローバル化に密接にリンクしています。
タイプビートとは、簡単に説明すると有名ラッパーの曲で使われていそうなトラック(例:Drakeが使ってそうなビート、〇〇という曲のようなビート)のこと。トラックメイカーは、そういったトラックを探すラッパーに向けて販売サイトなどで自分が作ったタイプビートを販売します。
UKドリルスタイルのタイプビートもその人気から、今では世界中のビートメイカーらによって、タイプビートの販売サイトや、そのプロモーション先であるYouTubeなどで日々公開されています。
UKドリル制作に役立つTips、サンプルパックをピックアップ
最後にUKドリルを制作するための参考になるTips動画やサンプルパックをいくつかご紹介したいと思います。
ベーシックなUKドリルのトラックを作る上で、必要になってくるのが先述のスライドベースです。スライドベースの作り方はいくつかありますが、典型的な作り方としては、DAWやプラグインのスライド機能を使ったものが挙げられます。
下の動画ではヒップホップ系のトラックメイカーに人気のDAW「FL STUDIO」のスライド機能を使って、ベースラインの音程をギターのチョーキングのようにスライドさせる方法が解説されています。
ちなみにスライドベース制作は、若干のワークフローの違いはあれど、FL STUDIO以外でも可能です。例えば、Logic ProやAbelton Liveユーザーは、以下の動画が参考になるでしょう。
サンプルの逆再生も時にUKドリル制作ではウワモノを作るテクニックのひとつです。下の動画では先述のPop Smoke「Dior」の印象的なウワモノがサンプル逆再生を編集して作られていることを確認することができます。
また、Tips動画を参考にしながら制作する以外に、機材メーカーなどが販売するプリセットを収録したサウンドパックを利用するのもひとつの手です。
例えば、Native Instrumentが販売するUKドリル制作に特化したサウンドパック「LOCKDOWN GRIND」には、スライドベース以外にもUKドリルで多用されるパンチーなサウンドに処理されたドラム、ムーディーでメランコリックなキーのプリセットやサンプルが収録されています。DTMを始めたばかりの初心者にとってはUKドリル制作の即戦力になることでしょう。
LOCKDOWN GRIND
https://www.native-instruments.com/jp/products/komplete/expansions/lockdown-grind/
ほかにもSoundmainで以前取り上げた、無料の808ベースシンセのソフトシンセ「808 Bass Module 4 Lite」や、AIによって作成されたサンプル「TapesAI」の「UK Drill Chords」、「UK Drill Drum Loops」といったサンプルパックもUKドリルを制作する上では心強い味方となるツールだと言えます。
UKドリルが気になった人は、本稿で紹介したTips動画などを参考にUKドリルを自作してみてはいかがでしょうか?
文:Jun Fukunaga
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2021.06.29)