現在、ダンスミュージックのジャンルであるドラムンベースに再び注目が集まっています。そのきっかけとなったのは、現在20歳のイギリス出身のシンガーソングライター、PinkPantheressです。
PinkPantheressは、昨年、UKガラージスタイルの「Just For Me」やドラムンベースの名プロデューサーとして知られるAdam Fの「Circles」をサンプリングした「Break it off」といった楽曲がTikTokでバイラルヒットしたことによりブレイク。それらの楽曲をまとめたデビューミックステープ『to hell with it』を昨年10月にリリースし、同作は多くのメディアからの賞賛を得ることに成功しました。
そして、今年1月にはBBCが毎年選出する期待の新人リスト「Sound of」でも見事首位を獲得。その活躍が認められ今年2月にはイギリスの音楽アワードのBRIT Awardのメタバースイベントにも出演したほか、今後は世界的EDMスターのSkrillexとのコラボ曲のリリースも控えており、昨年以上の注目が彼女に集まっています。
このように躍進を続けるPinkPantheressですが、彼女によってかつてのドラムンベースやUKガラージがそのまま現代に復活したかと言われるとそうではありません。
PinkPantheress自身はインタビューで、「自分の音楽はそれらのジャンルの入り口ではなく、そのどれにも当てはめたくない」と語っており、あくまで再解釈に過ぎないことを主張しています。その証拠に一般的なドラムンベース曲とPinkPantheressの曲とでは、前者がダンスフロアを意識した長尺の曲であることに対し、後者はTikTokでの共有に適した2分ほどの短い尺の曲になっているという点で異なります。
また、歌モノのドラムンベースといえば、Goildieによる90年代のクラシック「Inner City Life」やシーンのディーバとして知られるJenna Gのようなソウルフルな歌声が特徴ですが、PinkPantheressの場合はそれとは対照的にどこか気怠げで囁くような歌声が特徴になっています。この点で見てもPinkPantheressの曲はクラブ向けに作られた従来のドラムンベースとは異なり、TikTokのために大学の学生寮の一室で作られた“ベッドルームミュージック”感が強く、一見すると同じフォーマットでも似て非なる音楽であることがわかります。
とはいえ、PinkPantheressには彼女たちの親世代が90年代に聴いていた音楽を再解釈して現代に甦らせたこと、そして、TikTokというツールを通じて、イギリスのローカル音楽を世界中の若い世代に伝えたという功績があることも事実です。
日本でも近年、シティポップが若い世代の間で人気になっており、その人気はTikTokにも波及しています。例えば、少し前にTikTokでは、倖田來未によるラッツ&スターのカバー曲「め組のひと」が自然発生的にバイラルヒットしましたが、今の若い世代にとってそういった懐かしい昔の楽曲は、“自分たちがこれまで聴いたことがない新しいもの”として捉えられる傾向があります。
PinkPantheressは、このような感覚の元に作られる自身の音楽を“ニュー・ノスタルジック”と呼びますが、最近では彼女によって再解釈されたドラムンベースの影響は国境を超えて、他のアーティストにも波及しているように思います。
例えば、“ポップ・ミュージック界のビジョナリー”と称されるZ世代の間で人気のアメリカシンガーソングライター・Lauvも、今年発表した新曲「26」ではドラムンベースの要素を取り入れています。
ドラムンベース成立の背景を振り返り
このように現在、最新のポップスにも影響を与えていると言えるドラムンベースですが、同ジャンルは元々90年前後のイギリスでレゲエとレイヴ・ミュージックが融合して生まれた「ジャングル」から派生した音楽です。その後、90年代後半のUKクラブシーンで最初の全盛期を迎えることになります。その過程ではイギリスの音楽賞「マーキュリー賞」で年間ベストアルバム賞を受賞したRoni Sizeの『New Forms』(1997年)のように商業的にも成功したアルバムも輩出しています。
また、00年代以降はブラジル、オーストラリア、ニュージランド、ドイツ、オランダなどからも有名プロデューサーが登場。ここ日本からもMakotoのような世界的プロデューサーが誕生しました。
その一方で本国イギリスでは、2000年代以降は一旦ヒットチャートから後退。ジャンルとしては存続し続けたものの、再び勢いを取り戻すまでしばらくの間、アンダーグラウンドな音楽という立ち位置に留まります。しかし、オーストラリア出身のPendulumのようにEDMブームとも結びつくアーティストも登場した2010年代に入ってからは、ドラムンベース人気が再び再燃。代表曲「Nobody To Love」で知られるSigmaのようにUKシングルチャート1位を獲得し、ドラムンベースに限らず、UKミュージックシーンにおいてもその存在感を知らしめるアーティストが再び登場するようになりました。
ちなみに2010年代初頭には日本でもAmweとLondon Elektricityによるポップさを兼ね備えたドラムンベース曲「ロンドンは夜8時」がクラブアンセム化しています。また昨年は同曲のリリース10周年を記念し、DiANによるリメイクバージョン「銀河系夜八時」もリリースされ、クラブミュージックファンの間で注目を集めました。
その共同プロデューサーを務めたカワムラユキは、インタビューで同曲でのPinkPantheressの影響を公言しており、彼女によって再定義されたドラムンベースは、最近の日本のポップスにも少なからず影響を及ぼしていることがわかります。
またドラムンベースは、これまでにグライムやダブステップ、UKドリルといったイギリス発の他のジャンルにも影響を与えてきました。
ドラムンベースの音楽性を特徴づける3つの要素
では、ドラムンベースとは一体どんな音楽なのかを改めて理解するために、ここでその基本的な3つの特徴を見ていきましょう。
1. ベース
重低音が効いたベースはドラムンベースの基礎的な要素です。パワフルなサウンドシステムが用意されたクラブのダンスフロアで再生されることでリスナーは、インパクトのある重低音を感じることができます。
また、ベース音色は通常、サンプリングもしくはシンセサイザーで制作されますが、アーティストによってはエレキベースやアコースティックベースを使用することもあります。
2. ブレイクビーツ
ドラムンベースでは160〜180のBPMの曲が多く、それらのトラックでは高速かつ複雑なシンコペーションを用いたブレイクビーツが使用されます。初期のドラムンベース(もしくはジャングル)では、“アーメンブレイク(Amen break)”として知られるThe Winstons「Amen, Brother」をはじめ、Incredible Bongo Band「Apache」、James Brown「Funky Drummer」、Lyn Collins「Think (About It)」などの定番ブレイクビーツが用いられていました。しかし、後にRoni Sizeら有名プロデューサーたちが、Propellerheadのスライスループ音声素材制作ソフト「Recycle!」を使い出したことでその制作手法が拡張。現在のドラムンベースが誕生するきっかけになったとも言われています。またドラムンベースでは重低音が効いたキックが必要とされており、Roland「TR-808」のバスドラムのサンプルがピッチダウンさせたり、引き伸ばされる形で使用されてきました。
3. バリエーション
現在、ドラムンベースにはメインライン系のジャンプアップ、ライト系のブラジリアン(またはサンベース)やリキッドファンク、ヘヴィ系のダークステップやニューロファンク、他ジャンルとの融合系のドラムステップやドリルンベースなど、無数のサブジャンルが存在します。とはいえ、いずれのサブジャンルも核になるのはブレイクビーツとベースラインです。その基本形を保ちつつ、ブラジリアンであれば、サンバなどラテンミュージックのムードを漂わせ、リキッドファンクであればよりメロディックにするといったようにそれぞれのサウンドに独自のテイストが加えられています。
ちなみにルーツとなったジャングルとドラムンベースの違いについては、シーンのコミュニティにおいてもさまざまな見解や論争があります。例えば、現在ではドラムンベースの名盤として知られているGoldieの1995年のアルバム『Timeless』は、ジャングルからドラムンベースへと発展していく過渡期に発表された作品です。しかし、同アルバムの収録曲「Angel」に対する当時のMusic Weekのレビューには、「これは最もコマーシャルなジャングルトラックではないが、初心者にもアピールできるだけのメロウさがある」とあります。このことからもドラムンベースがジャンルとして確立される以前は、同作はジャングルの代表的な作品と捉えられていたことがわかります。
ただ、現在ではジャングルは「レゲエやダブといったジャマイカ発祥の音楽の要素に、ブレイクビーツとベースラインを付け加えたもの」、一方でドラムンベースは「その影響に捉われることなく、より洗練されたリズムとビートを重視したもの」という感じで大まかに分けて考えられるとされています。
また、ジャングルをドラムンベースのサブジャンルのひとつと見る向きもありますが、本国イギリスではジャングルはドラムンベースと同義であり、これらは置き換え可能とする見解もあるようです。
ドラムンベース制作に役立つ! TIPS動画をご紹介
最後に、ドラムンベースを制作する上で参考になるTips動画をいくつかご紹介したいと思います。
10 Bass Patterns EVERY PRODUCER Should Know
ジャンプアップやニューロファンクなどのベースライン制作に役立つ10パターンのベースライン打ち込み方法が紹介されています。動画では4分音符、8分音符といった音符毎の打ち込み方法やその組み合わせでの打ち込み方法を確認することができます。
How To Make BASSES Like NOISIA & CALYX & TEEBEE – HYENAS
ソフトシンセ「Serum」を使って、人気ドラムンベースアーティスト3組のコラボ曲で使われているようなベース音色を作成する方法が紹介されています。Serumのパラメーター操作だけでなく、DAWのオートメーションを使ってより再現度を高めるテクニックも必見です。
How to make a FOGHORN Bass using VITAL
無料で使えるウェーブテーブル・ソフトシンセとして人気の「VITAL」を使って、ドラムンベースに欠かせないフォグホーンベースの作成する方法が紹介されています。先述のSERUMのような有料版のウェーブテーブル・ソフトシンセを持っていない人には特におすすめの動画です。
3 Ways to make your DNB Drums sound FAT, PUNCHY, and POWERFUL
ドラムンベースの肝となるドラムをファットかつパンチが効いた音にする3つの方法が紹介されています。特に1つめの方法はAbleton Liveに標準搭載されている純正プラグインのみを使ったものになっているので、最近、Liveを購入したばかりの初心者でもすぐに参考にしながらファットかつパンチが効いたドラムサウンドを作ることが可能です。
ドラムンベースが気になった人は、本稿で紹介したTips動画などを参考に自作してみてはいかがでしょうか?
文:Jun Fukunaga
参考サイト
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-59733291
https://www.nme.com/blogs/nme-radar/pinkpantheress-tiktok-interview-2021-3051207
https://www.masterclass.com/articles/drum-and-bass-music-guide#a-brief-history-of-drum-and-bass-music
https://block.fm/news/gin8_interview
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_drum_and_bass#Jungle_to_drum_and_bass
https://worldradiohistory.com/UK/Music-Week/1995/Music-Week-1995-08-19.pdf
https://headphonecommute.com/2020/04/12/breakbeat-science/
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2022.03.03)