2022年はヒップホップ/R&Bシーンを代表するドレイクやビヨンセが新作アルバムでハウスを取り入れたことが大きな話題になりました。
その影響によりハウスとラップの融合という大きな流れが生まれたことで、同年はラッパーとハウスDJのコラボも増加。ケイトラナダ、カルヴィン・ハリス、フレッド・アゲインなど有名なハウス系プロデューサーたちもラッパーとのコラボ曲を発表しています。
そのようなトレンドが生まれる中で、2022年秋には人気ラッパーのリル・ウジー・ヴァートがアメリカのローカルなダンスミュージックのジャンル「ジャージークラブ」の要素を取り入れた楽曲「Just Wanna Rock」を発表。同曲はSNSでの公開後、すぐに大きなバズを呼ぶことになり、このジャンルはアメリカ国内外で音楽トレンドとして、注目を集めるようになりました。
また昨年12月にK-POPの新世代ガールズグループ、NewJeansがジャージークラブのルーツにあたるボルチモアブレイクスの要素を取り入れた楽曲「Ditto」を発表しています。公開後わずか79時間で1000万回再生を突破した同曲は、2023年1月には米英両方のシングルチャートにもランクインするなど、現在世界的なヒット曲となっており、Spotifyでのストリーミング再生回数も2億回を突破しています。
今回は現在、音楽シーンで注目が集まる兄弟ジャンルとも言えるボルチモアブレイクスとジャージークラブの特徴と歴史をご紹介したいと思います。
ボルチモアブレイクスの特徴:
ボルチモアブレイクスは、別名ボルチモアクラブ、Bmoreハウス、または単にBmoreとも呼ばれる、ブレイクビーツとハウスが融合したジャンル。ヒップホップとチョップド・スタッカート・ハウスのブレンドと言われることもあります。
8/4ビート構造に基づいており、基本的なBPMは130前後とされています。またトラップ、バウンス、ゲットーハウスに似た反復するルーピーな声ネタ使いも特徴に挙げられます。
また、このジャンルのビートはサンプリングしたブレイクビーツが基本になっており、Gazの「Sing Sing」やLyn Collinsの「Think (About It)」などが定番のサンプリングネタになっています。またヒップホップやR&Bなどの曲をチョップ&フリップしたサンプル使いもこのジャンルの特徴として挙げられます。
ジャージークラブの特徴:
ボルチモアブレイクスから派生したジャンルであるジャージー・クラブは、BPM130-140付近のテンポで速く“弾む”グルーヴが特徴として定義されています。また重い3連キックパターンもこのジャンルの特徴に挙げられます。またボルチモアブレイクスと同様、こちらも「Think (About It)」のビート、ヒップホップやR&Bなどの曲をチョップ&フリップ(分解と再構築)したサンプル使いもジャンルの特徴として挙げられます。また、ベッドが軋む音(Bed Squeak)のサンプルもジャージークラブの特徴のひとつに挙げられます。
ボルチモアブレイクスの歴史:
イギリスの初期レイヴの影響を強く受けた黎明期
ボルチモアブレイクスは、1980年代末にハウスがアメリカ・メリーランド州のボルチモアに伝わったことで1990年初頭に生まれたと言われています。初期のボルチモアブレイクスはハウスだけでなく、Blapps Posse「Don't Hold Back」など、当時のイギリスで流行していたブレイクビーツ、ハードコアシーンの曲からも影響を受けており、その影響は同シーンでも定番ブレイクビーツだった「Think (About It)」の使い方からも伺えます。
またボルチモアのDJたちは自分たちが影響を受けた曲として、Stereo MC'sの「On 33」、 Is That Itの「State of Mind」などを挙げています。
2000年代にはディプロらの登場により世界的な知名度を獲得
ボルチモアブレイクスにとって、大きな転機となったのは2000年代です。2000年代半ばには地元のアンダーグラウンドシーンでクロスオーバーな人気を獲得。このローカルシーンは2005年12月にアメリカの音楽メディア「Spin Magazine」で特集が組まれるなど注目を集めています。特にDJ K-Swiftは、地元のスターとしてこのシーンを牽引し、2008年に亡くなるまでボルチモアのクラブやラジオで活躍しました。
またこの頃にはSNSの先駆け的存在・Myspaceや音楽ブログなどを通じて、ボルチモアブレイクスは一気に世界へと広がりを見せていきます。その過程で大きな役割を果たしていたのは、今ではEDMを代表するDJ/プロデューサーのディプロとその主宰レーベル「Mad Decent」でした。特に2007年にMad DecentからリリースされたBlaqstarrとRye Ryeによる「Shake It To The Ground」は世界各地のクラブでヒットしたことで、ボルチモアブレイクスシーンを代表する曲となりました。さらにこの頃にはフィラデルフィアの若手DJだったDJ DwizzやDJ Segaらによって、派生ジャンルの「フィリークラブ」も誕生しています。
2010年代にはジャンルとしての勢いは失われましたが、定番ビートフォームのひとつとしてエレクトロニックミュージックシーンに定着するようになり、2010年代後半から現在にかけてはDJ Seinfeld、Mall Gradなど人気プロデューサー/DJらの楽曲などでボルチモアブレイクスの要素が取り入れられるなど、近年はアンダーグラウンドのクラブシーンにおいても、人気が再燃傾向にあります。
ジャージークラブの歴史:
ボルチモアシーンとの交流から生まれた黎明期
ジャージークラブは、アメリカ・ニュージャージー州のニューアークで90年代に生まれたジャンル。90年代に地元のDJらによって、Tapp「Shake Dat Ass」などのボルチモアブレイクスがニューアークに伝わったことで、現地のクラブシーンがその影響を受けることになります。ジャージークラブの先駆者の1人であるDJ Tameilは、DJ TechnicsやRod Leeといったボルチモアの有名DJ/プロデューサーとの交流を通じて、現地シーンとつながりを深めました。DJTameilは2001年に自身のレーベル「Anthrax Records」からリリースした『Dat Butt』EPで、ジャージークラブのアーティストとして初めて自身のクラブトラックを制作しています。
しかし、この頃はまだ「ジャージークラブ」という名称は使われておらず、そのように呼ばれるようになるのは、ボルチモアブレイクスがMyspaceを通じて世界的に知られるようになった2000年代半ばから後半と言われています。
2010年代にスクリレックス、カシミア・キャットらの参入により人気が世界規模に拡大
2010年代になるとローカルシーンから若手プロデューサーのDJ Sliink、Nadus、Jayhood、R3LLといったプロデューサーが登場しました。
またこの頃にはスクリレックス、カシミア・キャットやリドら当時人気だったフェスティバルトラップ系の有名EDMプロデューサーたちに影響を与えたほか、イギリスのアンダーグラウンドレーベル「Night Slugs」周辺のプロデューサーなどにも影響を与えました。
さらにエレクトロニックミュージックシーンだけでなく、R&BシンガーのシアラやプロデューサーのDJキャレドなどヒップホップ/R&Bシーンの一部のアーティストやプロデューサーたちに影響を与え、「Level Up」や「To the Max」といったジャージークラブの影響がうかがえる曲が発表されています。
ジャージークラブの人気はこの頃にはSoundCloud、YouTube、Vineといった音楽プラットフォームやSNSによって、アメリカ国内だけなく、オーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパにも飛び火し、広く知られるようになります。一方、先述のDJ SliinkやUniiqu3といったローカルシーン出身のDJ/プロデューサーたちの活躍の機会もグローバルに広がるようになりました。
2010年代後半にはドリルと融合したジャージードリルが誕生
2010年代後半になるとジャージークラブは再び変貌を遂げることになります。AceMulaのようなローカルプロデューサーたちが、当時ニューヨークを席巻していたドリル・ラップ(ポップ・スモークらに代表されるNYドリル(ブルックリンドリル))とジャージークラブを融合させ始めたことで、独立したダンストラックではなく、ラッパーたちのオリジナル曲のバックビートとして使われるようになりました。これにより新たなサブジャンル「ジャージードリル」が誕生し、Bandmanrillなどジャージークラブでラップするラッパーも登場。それ以降、ジャージードリルはSNSを通じて、アメリカだけなく、イギリスやブラジルなどにも広がりを見せています。
ちなみにジャージクラブの曲にあわせてラップするスタイルのオリジネーターは、ニューアークのベテランラッパーのUnicorn151 aka Killa Kherk Cobainとされており、その最初期の曲は2007年にUnicorn151 aka Killa Kherk Cobainが参加したDJ K-Swiftの「Tote It」のリミックスとされています。
また2020年にはCookiee Kawaii「Vibe (If I Back It Up)」のように、ボーカルを加えた曲がTikTokでバイラルヒットを記録しています。これを機に再びジャージークラブの独特の音楽性が若い世代に伝わるようになりました。このことを2022年のドレイクやビヨンセによる「ダンスミュージックへの接近」に少なからず影響を与えることになったと見る向きがあります。
2022年はシーンにとって新たなターニングポイントに
ドレイクの『Honestly, Nevermind』には、ジャージークラブの影響が伺える曲が2曲収録されていますが、そのうちの「Currents」ではジャージークラブの特徴のひとつであるベッドが軋む音も取り入れられています。また「Sticky」では、ジャージー・クラブの3連キックが取り入れられています。このようなドレイクのジャージークラブへの接近も音楽ファンの間では話題になりました。
また2022年には同年6月にジャージドリルを取り入れた「Seoul」を発表していたロンドンのラッパーのAJ Traceyが、ニューヨークのラジオ番組「On the Radar」で、ジャージードリルのフリースタイルを披露しているほか、本稿の冒頭で述べたリル・ウジー・ヴァートのジャージークラブへの参入などもあり、ジャージクラブにとっては新たなターニングポイントになりました。
ボルチモアブレイクスとジャージークラブの制作TIPS
最後にボルチモアブレイクスとジャージークラブをDTMで制作する上で参考になるTIPS動画をいくつかご紹介したいと思います。
・How To Make Sampled Jersey Club Beats
ボルチモアブレイクス、ジャージークラブ、ジャージドリルの制作に使えるサンプルをチョップ&フリップしながらウワモノを作る方法やビートの打ち込み、アレンジ方法などが解説されています。
・From Scratch: A Jersey Club song in 8 minutes
FL Studioを使ってビートやウワモノなどの打ち込みを含む8分間でジャージークラブを作る方法が解説されています。
・How to make BOUNCY Jersey Drill for Bandmanrill Sha Ek & Ron Suno | FL Studio Drill Tutorial 2022
こちらの動画の構成は上述2つの動画とさほど変わりませんが、よりジャージードリルに特化した内容で制作方法が解説されています。
参考サイト:
https://www.baltimoresun.com/citypaper/bcp-062216-feature-unruly-records-20160621-story.html
https://www.vice.com/en/article/qkabvb/you-think-you-know-but-you-have-no-idea-the-difference-between-baltimore-philly-and-jersey-club
https://medium.com/@jakehenrysmith/its-baltimore-s-time-2941f4cf99c2
https://1stdayfresh.com/2022/06/29/njs-premiere-producer-acemula-releases-his-new-ep-jack-n-drill-2/
https://www.bkmag.com/2022/08/08/bandmanrill-elsewhere/
https://www.michigandaily.com/music/raps-biggest-artists-are-obsessed-with-jersey-club/
https://web.archive.org/web/20200917120221/https://www.thefader.com/2011/12/09/video-kherk-cobain-adventures-of-the-unicorn
https://web.archive.org/web/20200916235715/https://www.spin.com/2013/03/jersey-club-we-got-that-ass-brick-bandits-cartel-crew/
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2023.03.17)