ダンスミュージックにおける代表的なジャンルのひとつとして、「ハウス(・ミュージック)」を挙げる人は少なくないと思います。しかし、一口にハウスと言っても、その中にはシカゴハウス、ニューヨークハウス、ディープハウス、フレンチハウス、エレクトロハウス、レフトフィールドハウス、ファンキーハウスなど、さまざまなサブジャンルが存在します。その中でも近年、特に人気を博しているのが「テックハウス」です。
例えば、音楽調査・分析プラットフォームのViberateが業界の現状を分析した最近のレポート「State of Music」によると、音楽配信プラットフォーム「Beatport」の2021年における人気曲上位100曲のうち、44%をテックハウスが占めています。また、同ジャンルは3年連続でBeatportの最も人気があるジャンルの座を獲得しているほか、「Anjunadeep」や「Sink or Swim」など、Beatportで人気が急上昇中のレーベル10社のうち、7社が主にテックハウスを取り扱っていることが報告されています。
この結果について、Viberateの共同設立者でベテランテクノDJ/プロデューサーのUmekは、「テックハウスはファンキーさとヘビーさの間のちょうど良い位置にあるジャンルだから、DJやファンの間で人気になり続けるのもなんら不思議ではない」と述べています。
テックハウスの音楽性
では、ここでテックハウスとは一体どんな音楽なのかを改めて理解するために、その基本的な音楽性を見ていきましょう。
テックハウスの音楽的な特徴は、大まかに言えばテクノとハウス、それぞれの要素が組み合わされているところにあります。そのためハウスやテクノと同じく4つ打ちのスタイルが基本形になっています。
系統図的には、シカゴハウスやデトロイトテクノ、UKテクノのほかにダブなどの影響も見られます。EDMブームを通過した後の、最近の人気曲は必ずしもそうではないのですが、典型的なテックハウスではダンスミュージックによく見られるドロップに向かって盛り上がっていく展開は少なく、比較的フラットな構成の曲になっています。
またトラックの音色では、ディープハウスやハウスのようなジャンルで使われる生音系のウワモノはあまり使われません。その代わりに、テクノ由来のシンセやアシッドハウス由来のTB-303系ベースが取り入れられています。さらにハウスとは異なり、リリースが短いタイトなキックや、正確でパーカッシブなリズムパターンがよく使われていることも特徴のひとつになっています。初期UKテックハウスを代表する1曲、Animus Amor「And On」を聴いてみると、その特徴が掴みやすいでしょう。
テックハウスの歴史
誕生からブーム沈静化まで(90年代~00年代)
そんなテックハウスが最初に大きく発展することになったきっかけは、90年代初頭〜中期にかけてイギリスで起きた初期テックハウスブームです。
ちなみにそれ以前にも先述したようなテックハウス的要素を持つ楽曲自体はクラブシーンに存在していました。しかし、現在テックハウスと呼ばれるもののルーツは、当時のUKクラブシーンで流行していたメインストリームハウスや、高速化したハードコアなどのカウンターとして生まれた、アシッドハウスのような初期UKレイヴの要素を受け継いだアンダーグラウンドなクラブシーンにあります。
当時のテックハウスシーンにおいて、中核的な存在を担っていたのは、ロンドンのレーベル「Swag Records」や「Wiggle」というパーティーです。この界隈からはテックハウスのゴッドファーザー的存在のDJ/プロデューサーであるEddie RichardsやMr. Cが登場しています。
その当時リリースされたMr. CによるユニットAnimus Amorの「And On」(1993年)やF.U.S.E.によるLFOの「Loop」リミックスである「LOOP (LFO VERSUS F.U.S.E.) FUSE MIX」(1993年)は、テクノでありながらもパーカッションやメロディといったハウス要素が取り入れられており、テックハウスと呼ばれるジャンルが生まれるきっかけとなった曲とされることも少なくありません。その意味ではテックハウスの黎明期を代表する楽曲と言えるでしょう。
またこの頃にはMood II Swingの「During Peak Hours」(1992年)、Chez N Trentの「The Choice」(1993年)といった厳密にはテックハウスではないものの、テックハウスと近い要素を持つUSハウスもテックハウスのパーティでプレイされていました。
その後、90年代中期〜後期になるとロンドンの「The End」(1995年オープン)や「fabric」(1999年オープン)といったクラブでも、テックハウスのイベントが行われるようになりました。そして、メディアからの注目が集まったことをきっかけに人気に火がつき、多くのプロデューサーがテックハウスに参入します。また、その頃にはTerry Francisらロンドンのプロデューサーたちによるプロジェクト・Housey Doingzが、先述したような基本的なテックハウスの要素を持つ「Gobstopper」(1996年)をリリースしたほか、後世にテックハウスの遺伝子を伝えたKlarky Katの「Custard Gannet」(1997年)がリリースされています。
また、この時期にはNYハウスを代表するFrançois KによるAme Strongの「Tout Est Bleu François K Remix」やドイツのThe Timewriterのアルバム『Letters From The Jester』のような初期UKテックハウスに通じる作品が発表されるなど、テックハウス人気はイギリス以外の国にも飛び火しました。
00年代前後にはプログレッシヴハウスとミニマルテクノの台頭により、テックハウス人気は徐々に低迷していくことになります。とはいえ、00年代半ば頃には「Custard Gannet」の影響が伺えるドイツのプロデューサー・M.A.N.D.Y.と Booka Shadeによる「Body Language」(2005年)や、イギリスのテックハウスプロデューサー・D RamirezによるエレクトロユニットBodyroxの「Yeah Yeah」のリミックス(2006年)のような世界的なクラブヒットも生まれ、テックハウス人気は一定の水準を保持し続けていました(ただ、当時のエレクトロハウスブームやグライム、ダブステップなどUK発の新しいジャンルの人気に押され、完全復活とまではいきませんでした)。
復活と発展(2010年代~現在)
そんなテックハウスの人気は、2010年代に入って大きく復活することになります。まず、シーンを牽引することになるレーベル〈「Hot Creations」〉が2010年に設立。Darius Syrossian & Hector Coutoの「House Is House」(2013年)のようなテックハウスアンセムが続々とリリースされるようになりました。また、イビサ島の有名クラブ「Space Ibiza」でのCarl Coxのレジデントイベントのほかに「Ushuaïa」、「Privilege」などでもテックハウスイベントが行われるようになり、復権を後押ししました。
初期テックハウス以来、長らく廃れていた歌モノテックハウスもこの頃に復活。〈Hot Creations〉の共同設立者でもあるJamie JonesによるAzari & III「Hungry For The Power Jamie Jones Remix」(2011年)やHot Natured & Ali Love「Benediction」(2012年)のようなヒットも生まれています。
また2010年代半ばには、メインストリームのハウスレーベル「Defected」とそのサブレーベル「DFTD」もEnzo Sifredi、Franky Rizardoらといったテックハウスのプロデューサーたちをフィーチャー。コマーシャル化も進みました。さらにこの頃には、2000年代から徐々に登場していた女性DJ/プロデューサーの進出も増えるようになりました。
そして2010年代後半にはシカゴハウス/テクノのレジェンドとして知られるGreen Velvetのようなベテランが新世代のプロデューサーとコラボするようになるなど、テックハウスがヨーロッパを席巻するようになります。この頃にはEDMやエレクトロハウスの要素を取り入れたテックハウスも人気になり、2018年にはグラミー賞にもノミネートされたFisherの「Losing It」が大ヒットを記録。2010年代に人気を博したビッグルーム系のEDMとともにテックハウスも欧米を中心にメインストリーム化し、今ではそれにとって変わる人気ジャンルになっています。
一方、2010年代半ばごろにはロンドンで「ディープテック」と呼ばれる新たなテックハウスも誕生するなど、アンダーグラウンドでも新たな動きが起こっています。UKガラージ、グライム、UKファンキー、ジャングル、ブリープテクノ、ハードコアなどの影響を受けたディープテックは、現地の有名パイレーツラジオ局「Rinse FM」(現在はコミュニティFM資格取得済み)とも関わりが深いMark Radfordが立ち上げた「Audio Rehab」が、そのムーブメントを牽引。このジャンルでは黒人系のプロデューサーが活躍しており、UKガラージやグライム、UKファンキー、つまりRinse FMのようなパイレーツラジオでよくプレイされるようなアンダーグラウンドなダンスミュージックを聴いて音楽好きになった現地の若者の間で人気を拡大していくことになりました。
25年以上の歴史の中でテックハウスもほかのジャンル同様、その人気には浮き沈みがありました。しかし、こうして振り返ってみるとその間もテックハウスはジャンルの構造的な整合性は保ちつつ、新しいジャンルからの影響を取り入れながら発展を続けてきたことがわかります。
また、初期のテックハウスがメインストリームへのカウンター的なジャンルとして生まれてきたことを考えると、同ジャンルにはアンダーグラウンドな精神性が宿っているとも言えそうです。その意味ではメインストリームとアンダーグラウンドの2軸で展開していける点も、テックハウスの人気の秘訣なのかもしれません。
テックハウス制作のためのチュートリアル
最後にテックハウスを制作する上で参考になるTips動画をいくつかご紹介したいと思います。
Make Tech House Bass Grooves Like The Pros
テックハウスにおけるグルーヴィーなベースラインの作り方を紹介する動画です。この動画ではピアノロールで打ち込むシンプルで基本的なベースラインを始め、そこからオクターブを上げてみたり、よりメロディックなベースラインに発展していく方法が解説されます。
Turning a Classic Hit Into a Tech House Banger
過去の名曲を自分のテックハウスに取り入れる方法を紹介する動画です。自分の好きな曲をリミックス的に自作したテックハウストラックに取り入れてみたい人は必見。また、よりトラックのクオリティを上げるための効果的なFXの使い方も参考になります。
5 Tips For Tech-House Producers
テックハウスを作りたい人が押さえておきたい5つの小技的Tipsを紹介する動画です。この動画ではグルーヴ感を出すためのスウィング機能の活用方法や、声ネタの加工など、曲をブラッシュアップするためのテクニックを学ぶことができます。
Producing a Tech House Track in 20 MINS!
ループやサンプルを駆使しながら、手軽にテックハウスを作る方法を紹介する動画です。サンプルループをDAWに並べながら骨組みを作りつつ、ワンショットのサンプルを使い自分好みのフレーズを作っていく方法などを確認することができます。サンプルベースでテックハウスを作りたい人には特におすすめです。
テックハウスが気になった人は、本稿で紹介したTips動画などを参考に自作してみてはいかがでしょうか?
文:Jun Fukunaga
【参考サイト】
https://recordingarts.com/record/evolution-of-house-music/tech-house/
https://grayarea.co/magazine/the-history-of-tech-house-dance-musics-beloved-and-derided-genre
https://www.beatportal.com/features/beatports-definitive-history-of-tech-house/
https://mixmag.net/read/wiggle-and-the-birth-of-tech-house-blog
https://www.theguardian.com/music/2014/dec/30/how-deep-tech-became-clubbings-biggest-success-story
*オリジナル掲載先のSoundmainサービス終了により本サイトに移管(オリジナル公開日は2022.04.15)