9/5~9/7にかけて来日公演を行う今、もっとも注目すべきUKの若手バンドblack midi(ブラック・ミディ)。Geordie Greep(ジョーディ・グリープ)- Vo&G、Cameron Picton(キャメロン・ピクトン)- B&Vo、Matt Kelvin(マット・ケルヴィン)-Vo&G、Morgan Simpson(モーガン・シンプソン)- Dsの4人からなるバンドはメンバー全員がまだ20歳そこそこ。UKロックにおけるZ世代を代表するバンドとして、昨年あたりから人気が急上昇。
そして、今年は名門レーベルRough Trade(ラフ・トレード)と契約し、6月に待望のデビューアルバム『Schlagenheim』をリリース! 日本での知名度も急上昇中で、初来日となる先述の来日ツアーは東京、大阪公演のチケットは完売。京都公演ものこりわずかという盛況ぶりです(この記事を執筆している時点で)。
いよいよ本日、代官山UNITよりスタート!!
— Beatink (@beatink_jp) September 5, 2019
black midi 初来日tour
9.5 UNIT, TOKYO (SOLD OUT)
9.6 CONPASS, OSAKA (SOLD OUT)
9.7 METRO, KYOTO (🎟有り!AVAILABLE!)
チケット残りはツアーファイナルとなる京都メトロのみ!!こちらも残りわずかです⚠️https://t.co/by30bpx4qJ pic.twitter.com/VDJSth3bZr
”Arctic Monkeys以来の衝撃”と称されるモダンUKロックの新星black midi
一部では同郷の先輩バンドである”Arctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)以来の衝撃”と言われるなど、早い段階での成功に期待が寄せられているblack midi。
しかしながらblack midiのサウンドはいわゆる王道のUKバンドとは一味違い、変則的なリズム、ギターが印象的なマスロックから、ファンク、ミニマルの要素持つクラウトロックやポストロック、ポストパンク、果てはノイズまでといった様々な音楽要素が複雑に絡む実験的でアヴァンギャルドなものになっています。
その証拠に『Schlagenheim』には例えば、オープニング曲「953」は、いくつかのドラムパートがあり、それにあわせた展開が行われるというまさにマスロックを感じる1曲です。
その一方でクラウトロック的なアプローチを感じるルーピーなギター、ベースの反復するフレーズが目立つ「Ducter」のような曲も存在します。
これまでに海外メディアが行なったインタビューによると様々なバンドの影響を受けていることがうかがえますが、彼らは名門音楽学校卒というアカデミックな音楽教育を受けてきたことで養った卓越した演奏技術をもって、どのようにこれまでの音楽的影響とバンドとしてのアイデアを結びつけて具現化しているのかはかなり気になる部分。
black midiは聴く人それぞれがサウンドを解釈できる謎解き要素のあるバンド
時に攻め立てるようなノイジーなサウンドは、これまでに影響を公言しているヤマタカEYE率いる日本のアヴァンギャルドバンド、Boredoms(ボアダムス)のようなアヴァンギャルドなマスロック系バンドらしさを感じる部分ですが、他方、"マスロック"に影響を与えたKing Crimson(キングクリムゾン)由来のプログレッシヴロックを感じるUKロックファンもいるようです。
このようにコアな音楽好きがそれぞれにそのサウンドを解釈、考察できるという"謎解き要素"を持つバンドだけあって、それが現代のシーンにおける目新しさとして音楽ファンに捉えられているため、気になる人が続出という状況を作り出しているのではないでしょうか?
black midiとネット音楽、ビデオゲームの関係
そんなblack midiのバンド名の由来について調べてみたところ、日本のネット音楽やゲームの影響があるようです。
バンド名にある”midi”といえば、DTMerにはおなじみ、"打ち込み"をイメージさせる”MIDI”(MIDIは厳密に言うと電子楽器の演奏データを機器間で転送・共有するための共通規格ですが...)なのですが、”Black MIDI”とは、2000年代後期に日本のニコニコ動画界隈で生まれたネット音楽で、テン年代初頭にYouTubeなどネットプラットフォームを通じて欧米にも伝播しています(日本では”黒楽譜”と呼ばれることも)。
この音楽の特徴は手数の多い打ち込み音符、つまり楽譜が真っ黒になるほど音を詰め込んだもの。Gigazineの解説記事がわかりやすいため、引用しますと、”1曲の楽譜の中に数百万個もの音符を詰め込んで演奏する”もので、音ゲーの「Synthesia(シンセシア)」はまさにこのBlack MIDIをわかりやすく象徴するものといえます。
こういった音ゲーは、”弾幕系シューティング”と言われており、The Out LineというメディアのインタビューでCameron Pictonは、日本の”bullet hell”つまり弾幕系シューティングゲームがblack midiのバンドの名前の由来になっていると語っています(ちなみにメンバー全員がこういったゲームが好きだそう)。
ほかにも「メタルギアソリッド」のような日本のゲームからアメリカの「レッド・デッド・リデンプション」、「グランド・セフト・オート」も好きで、シングルとしてリリースした「Crow's Perch」という曲名は、「ウィッチャー3 ワイルドハント」というゲームに出てくる”Crow's Perch”からの引用となっていることがうかがい知れます。
black midiとMiles Davisの”エレクトリックジャズ”
同曲についてはMiles Davis(マイルズ・デイヴィス)が1969年にリリースしたアルバム『In a Silent Way』期における60年代後半から70年代にかけてのエレクトリックジャズを彷彿とさせると評するメディアもありました。そのことからも本当にblack midiが奏でる異形のロックンロールサウンドというやつは、様々な解釈ができるものだということがわかります。
先述のエレクトリックジャズ的な解釈について、メンバーのMatt Kelvinは、Miles Davisの『On The Corner』、『Get Up With It』を好きな作品だと認めつつも、特にそれを意識したものではなく、セッションによって無意識にそういった風に捉えることができるようなものになったと回答。あくまでメンバー全員がこれまでにそういった音楽に触れてきたという背景があるため、そういった要素があると捉えられる音楽が自然発生的に出現したに過ぎないと考えているようです。
ちなみに楽曲を制作する際、バンドは基本的に2時間程度かそれ以上の時間をかけてジャムセッションを行い、それを録音。次のセッションまでに録音したものを聴き返して、気に入ったパートを見つけ出し、それを煮詰めていくというスタイルを採っているそうな。『Schlagenheim』においてもいくつかの曲を除いてこういったメンバー間の”コラボレーション”として制作を行なっているとのこと。
black midiと元Canダモ鈴木
ほかにもクラウトロックバンドのレジェンド、Canのメンバーだった日本人アーティストのダモ鈴木と彼らはセッションライブをバンドのホームグラウンドといえるロンドンはブリクストンにあるライブハウス、Windmill Brixtonで昨年行なっています。
その日のセッションは録音され、カセットテープ化。ほかにもbandcampでデジタル盤がリリースされています。
このセッションライブはSPINのインタビューによるとWindmill Brixtonのブッカーがお膳立てしたものだったようです。”インプロヴァイゼーション”にフォーカスしたこのライブで生まれたフレーズのいくつかは『Schlagenheim』収録曲にも転用されているとCameron Pictonは語っていることから、このライブは彼らの『Schlagenheim』期以前における重要な意味合いを持つものだったことが予想できます。
“未来からインディーロックを想像することに興味があるようだ”評の解釈を考える
聴く人によっては、Swans(スワンズ)のようなポストパンク性、Boredomsのようなマスロック性+ノイズを感じる一方で、King CrimsonのようなノスタルジックなUKプログレッシヴロック性や60年代後期~70年代初頭のMiles Davisのようなエレクトリックジャズ性を感じることができるblack midi。
またグライムやUKヒップホップがUK音楽シーンのメインストリームで台頭する中、black midiにThe Libertines(ザ・リバティーンズ)のようなロックンロールリヴァイバル期の”ギターを持った少年”像を見出す人がいることは、良い意味でそれだけまだバンドは明確に捉えきれない、これだというイメージで語ることができない"新種のロックバンド"だということなのかもしれません。
つまり、black midiとはモダンUKロックにおける”発明”であり、これまでのロック好きが知らない未知の存在だと仮定すると、まだ誰もがはっきりと彼らのことを捉えきれていない状況にもそれなりの説得力が生まれてくるのではないでしょうか?
バンドにはこれまでに”black midiはインディーロックの未来に身を捧げるより、未来からインディーロックを想像することに興味があるようだ”という音楽メディアからの評価がありました。
最初はその意味がよくわからなかったのですが、現時点でのバンドに対する様々な評価やメンバーのインタビューを”素材”としてつなぎ合わせると、なんとなくその”未来からインディーロックを想像する”という解釈とはなんぞや? の答えに近づけたような気もします。
おそらく今後、”Arctic Monkeys以来の衝撃”に変わる”black midi以来の衝撃”という言葉が産まれる頃には、私たちは未来からインディーロックを想像するという意味が理解できるようになっているはず。日本に住むロックファンにとってその最初のステップになるのが今回の来日ツアーだと思います。以上、お後がよろしいようで。
Top Image via beatink
Reference SPIN, The Out Line, Pitchfork, gigazine