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Hi-STANDARDのドラマー、恒岡章逝去を悼んで

ハイスタのドラマーとして知られる恒岡章氏が2023年2月14日に亡くなった。本日2月15日、ハイスタの所属する"僕らの"「PIZZA OF DEATH」のSNSにて発表されたのだが、はっきり言って非常にショックだ...。

 

 

90年代、日本のメロコアシーンを牽引し、音楽シーンはおろかポップカルチャーにも体大な影響を与えたHi-STANDARD。おそらく自分と同じ世代だとバンドキッズや音楽好きであれば、確実にハイスタを通過しているはずだ。

いや、あの頃、テレビやラジオ、雑誌は当然として、学園祭のコピーバンドだったり、体育祭の出し物のBGMだったり、日常の至る所からハイスタの音楽は聞こえてきたから、特に興味がなくてもハイスタの音を耳にすることなく、10代を過ごすことは難しかったと思う。それくらい全盛期のハイスタは、当時の日本の10代にとってはスタンダードな存在だった。

正直なところ、自分は「AIR JAM 2000」でのライブを持ってハイスタが活動休止してからすぐにハイスタから卒業してしまった身だ。だから「AIR JAM 2011」での復活には当時、驚きはしたものの、「懐かしいなぁ」くらいにしか思わなかったし、近年のハイスタの活動についてはよく知らない。

でも、10代の多感な時期に触れたことでハイスタは今でも特別な存在だし、自分にとって彼らが青春時代のアイコンであることには変わりはない。

当然のことながら、年を重ねていくと自分が若かりし頃に影響を受けたアーティストが亡くなることも増えてきた。特に最近はそんなことも少なくないので、どこかそんなもんだと思ってしまっている自分もいる。とはいえ、10代だった頃に影響を受けた絶対的なカリスマがこの世を去るということは、いつかは起きることとはいえ、やはりつらいものだ。

ハイスタにまつわる自分の思い出の曲として最も明確に覚えているのは、「New Life」。高校生の頃に初めて組んだコピーバンドでコピーした曲だ。夜な夜な自宅や地元のリハスタであのパワーコードをかき鳴らしていた。

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それと恒岡さん関連では、当時"CUBISMO GRAFICO FIVE"が何なのかよくわからないまま、まだ少しばかりハイスタロスを引きずっていた自分は恒岡さんがドラムだったという理由でCUBISMO GRAFICO FIVEのアルバムを買った記憶がある(そして、そのおしゃれすぎる音楽性に衝撃を受けた)。

51歳で亡くなった恒岡さん。年齢的には10歳以上離れているので、大先輩にあたる世代の方ではあるけれども、自分が社会生活を送る中でごくごく普通に交流がある世代の方だけになんというか、つらいものがある。

こういうことがあると本当になんとなく過ごしてしまったいる1日を噛み締めて過ごすべきだなと改めて思わされる...。

今日は朝から体調不良で何もできなかったんだけど、なんとなくこれだけは今日中に書かずにはいられない気持ちになった。

駄文ですがこれを自分なりの追悼文とさせていただき、恒岡さんのご冥福をお祈りいたします。