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「女は音楽ライター・評論家にはなれない」記事とジェンダーバランス、ポリコレの話

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あけましておめでとうございます。遅遅の遅の新年のご挨拶、誠にもうしわけございません。年末から微妙に崩していた体調不良が年が明けた頃にダム決壊。結果的に新年も10日を過ぎた頃まで寝込んだり、体調不良のまま騙し騙し年明け仕事に取り組んでいたものの、作業効率が最悪で結果的に仕事に終われるデス新年初頭となった2020年でございます。

 

「女は音楽ライター・評論家にはなれない」記事からジェンダーバランスとポリコレを考える

新しい10年期が始まった今年ですが、年明け早々、アメリカ-イラン問題が起こり、一時、ネットは”第3次世界大戦だ!”なんて不穏な言葉が踊る始末。

そんな話題とともに起こっていたのが、あるブロガーの方が公開した「女は音楽ライター・評論家にはなれない」というやや扇情的なきらいもあるタイトルのブログ記事。こちら、私は先述のとおり、正月真っ最中は体調不良で胃腸炎になってしまっていたので、リアルタイムでバズっていた時には知らなかったのですが、最近になって知人からこういった記事があることを教えてもらいました。

そちらの内容をまだご存知ない方のためにざっくり説明すると、日本の有名音楽メディアは海外の有名音楽メディアに比べて、年間ベストを選出するような著名ライター、評論家の中に女性が少ないというものになっています。

実際に記事で男性中心だと指摘されていた日本の有名音楽メディアは、MIKIKI、The Sign Magazin、MUSICA、MUSIC MAGAZINE、Rockin'on JAPAN、Mastered、ele-kingなど。若干、ユーザー層が男性が主となるような媒体も含まれているため、偏りは感じるものの、確かに数字で見ると女性の数は少なかったです。

それだけにネット上では様々なご意見があり、中には著名女性ライターの方なども論争に参加されたりしていました。私も僭越ながら音楽専門ではないものの、ライター活動をしている身ですので、男性であることから知らず知らずのうちに業界の恩恵を受けているのかな? と思ったり。

ただ、お取引させていただいている音楽を含むカルチャー系媒体の担当編集者の方の中には女性の方も多くおられ、実際にそういった方々とやりとりさせてもらっていることを考えると、一概に業界が男性のみで回っているわけではないんだけどなぁと思う節がある一方で、データで見るとやっぱりそうでもないのかもなぁとモヤモヤっとしてしまいました。

 

商業メディアはビジネス、それ故のビジネスストラテジーもあるが…

これに関しては商業メディアだとやはりビジネスであるため、ユーザー属性などの分析も行われます。ですので音楽関係、特に洋楽でもクラブミュージックになるとユーザー傾向から男性の方が幅広くそういったニュースなり評論なりを読んでいることが多かったりするのもまた事実。(このあたりはざっくりGAとかアクセス解析ツールで調べても大概そうだと思います。実際にマニアックなクラブミュージック中心の当媒体も昨年12月のアクセス結果を見ると、7割が男性でした)

そうなると優位性がある方向に偏るのもビジネスストラテジーとしては仕方のない部分もあるのかなと思ったり。

とはいえ、少なくとも名前が挙がった媒体では事実として、男性ライターが大多数で”男性が喜ぶ内容”だと言われても仕方がない部分ももちろんあると思います。ただ、いくら男性ユーザーが多いと思われる分野とはいえ、女性ライターが男性ライターに劣るかといえば、必ずしもそうではないはずです。

個人的には批評なりなんなりを読んで、なるほどなぁ〜とか色々考えさせてくれるものであれば、書き手の性差は問わずともよいと思いますが、残念ながら一部の媒体では男性偏重になっているというのが業界の現状です。これは多様性が声高に叫ばれる時代においては確かにマッチしていない部分でしょう。

芸事に対する評価をポリコレで保護している論について考える

そういう話になってくると芸事なので、実力本位のものだから仕方ないという意見も聞こえてきそうですし、実際にこの記事に対して、そういう声があがっていることも少なからず見かけたため、難しい問題であることには変わりはありません。

でも、今後、世の中のあらゆる事象に対して多様性が重んじられるべきというのであれば、このような業界もまずはジェンダーバランスの均衡を保つことが大切なのかなと。

しかしながら、そういった意見はもちろん多々あるものの、実際にどのようにしてそのジェンダーバランスの均衡を保つのか、実装していくかに関する方法の部分になると私が見た限り、あまり見当たりませんでした。問題が持ち上がったまま、宙ぶらりんになっているその感じがなんか残念で、そこがこの問題における最もモヤモヤする部分でした。

 

スティーヴ・キングの芸事の評価における「多様性は考えない」発言

ちょっと音楽とは話題が逸れますが、最近、今年のアカデミー賞候補選出において、スティーヴ・キングの「多様性は考えない」発言が物議を醸しました。

スティーヴ・キングは芸事である以上、クオリティ重視だと発言しており、結果的にはアカデミー賞候補は以前同様、白人男性が多くなる結果となっていたことから炎上。

ここ日本においても”クオリティ重視”が切り取られてしまい、「スティーヴ・キング、けしからん!」という声が挙がる一方で、「多様性重視によるおこぼれで賞をもらってどうするよ」というような意見も見受けられ、ネットはなかなか殺伐とした雰囲気になっていましたが、この発言に関して興味深い意見がこのツイート。

ですので、「女は音楽ライター・評論家にはなれない」も、今今においては、芸事である以上、万人が納得するクオリティ重視の視点は必要ではあるものの、その前に土壌を一度フラットにする必要も往々にしてあるのではないかと思います。

ポリコレが息苦しく感じてしまうのは捉え方に問題があるのかもしれない

そう考えると最近のポリコレだとかエシカルさを息苦しく感じるという人は、もしかしたら捉え方に問題があるのかもしれません。人種なり、性差なりの不平等をなくすためのポリティカルコレクトネスは、何もこれまで抑圧されてきた側の人々にマイナスを埋める以上の上積みを与えるものではなく、あくまでその凹みを埋めることでゼロにして、スタート地点を整える。その上で、平等なルール、状態の中で切磋琢磨しようというものだと、シンプルに捉えることができるとサクッと頭に入ってくる気がします。

最近のポリコレ問題を行き過ぎだと捉えてしまう場合は、もしかしたらそういった間違った認識のもと、権利を主張する人を見て嫌悪感を示してしまうなんてこともあるのかもしれません。

しかしながら、ポリコレに反する行為への注意喚起や批判の声はあがるものの、「どのようにしてそれを重んじていくべきなのか?」という具体的な方法は意外と示されてきていないように思います。

それがポリコレを理解しようとしない、できない人との分断を生み出しているのではないでしょうか?

ジェンダーバランスと多様性の関係

話をジェンダーバランスに戻して。ジェンダーバランスの観点から見て、バランスが悪いのは何も音楽ライター業界や音楽業界、映画業界に限った話ではなく、比較的進歩的なイメージがあるテック業界も状況は同じようです。

昨年11月末に、10代でGoogle、Twitter、Instagramで経験を積み、UberやSnapchatのコンサルを歴任したという、まだ20代前半の天才プログラマー、アイドリス・サンドゥによる講演ではテック業界も未だ男性社会だという話がありました。

そこで彼は、様々な社会問題を解決するためには「多様性を重んじる必要がある」と語り、「これからはそれに配慮できないとビジネスも成り立たない」と口にしていました。その中で女性の活躍できる場を増やし、デジタル社会の中にもフェミニンな感性を取り入れる必要があると指摘していたことが印象に残りました。

その理由について、私は講演の段階では十分に理解しきれているとは言い難い状態でした。しかし、今にして思うと彼が語っていたことは、”女性の活躍の場が増える=ジェンダーバランスが整った土壌ができる=正当により良いものを目指し切磋琢磨できる環境が生まれる”からこそ、性差に関係なく個人の才覚による優れたものが評価される。それが社会に実装されるとより良い社会を生み出す原動力になる。そのことの説明だったのかもしれません。

 

ジェンダーバランス問題を解決のために社会ができることは?

それで実際に私たちは”ジェンダーバランス問題を解決するために何をすべきなのだろうか?”。その答えが知りたいなぁと思っていたところ、たまたま年始仕事始めの時期に見たニュース番組でDeNAの南場智子会長が興味深い意見を示されていました。

彼女が意見したのは日本の経営者層も現状、男性偏重社会で2019年の段階で上場企業上位100社のうち、女性役員の数はそのうちの約10%。

ではどうやってその数を上昇させていくのか? を番組が彼女に質問したところ、答えとして出てきたのが、女性役員の数が少ないのは出産、子育てによるキャリアの中断が関係しているということでした。では、それをどうやって解決していくのか? そのためにはライフスタイルの多様性を認めていく必要があると語っておられました。

このことは、具体的にいうと、これまでは女性は出産後、育児のために家庭に入っていたけれど、出産後の育児に関しては代わりに男性がその役を担ってもいいじゃないかということです。仕事ではなく育児をメインに選ぶ。そういった男性のライフプランの選択肢があってもいいし、これまでの「男は外で働いて家庭を守る」だけでなく、社会としてもそういう生き方を認めていくべきと言われてました。

男性が外で仕事してキャリアを追い求める以外のライフプランが認められる社会

今、音楽業界でも、”男性ができることは女性も同じようにできる”という声が海外ではよく上がっています。もちろん、体力的な面が重視される仕事になるとそこは難しいと思いますが、例えば、音楽プロデューサーであれば、同じ条件の機材が揃えば、性差による大きな差異は生まれるとは思えないし、もし差異があったとしたらそれは個人の才覚の差に他なりません。

子育て世帯の育児や仕事のキャリア問題に関しても、実際、男性が出産するのは無理でも、育児は可能です。従来、女性が職場復帰する場合、育休を年単位で取った後に時短勤務で子育てと両立というコースを選択してきたところ、それを代わりに男性が担うケースがあっても良いはず。

世間的には、まだまだ先述のような価値観は根強くあり、そういった選択を男性がした場合、もしかしたら偏見の目で見られることもあるかもしれません。でも、真に社会が多様性を重んじるというのであれば、時短で働いて育児。キャリアよりも家庭を選ぶ男性が出てきたとしてもその価値観に基づく選択は、尊重されるべきだと思います。

“男は外で働いてお金を稼ぎ、家庭を守るべし! “というのはある意味、男の呪い。そんなことが連載再開により新シーズンがスタートした漫画版「逃げるは恥だが役に立つ」10巻に描かれていました。

ですので、これからの時代は男性であっても仕事のキャリア以外の選択肢を選ぶ自由もあって然るべき。

それに今後、世間で言われるようにフリーランサーが増加する社会が到来するのであれば、そういった選択肢を選ぶ男性も増えていくのではないでしょうか? そういう環境が整ってこそ、ようやく様々な業界に見られるジェンダーギャップも埋まり、フラットなスタート地点が生まれるのではないかと思います。

 

 

音楽ライター業界にしても、批評の対象となる音楽業界で、女性アーティストの活躍の場が増えていけば、それに追随する形で、今以上にフェミニンな感性と視点からの評論の必要性が生まれると思います。そうすれば、自ずと女性ライターの需要も増えていくはず。そのためには社会全体で多様な働き方をより推進していく必要があるというのが私の考えです。

今後も何か”正しさ”の問題に直面するたびに考えたり、時に反省したり、学んだりしながら自分なりの答えが出せるように色々と考えを深めていけたらと思っています。以上、お後がよろしいようで。

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